第135話 バーモン狩り2

 スキル『リリース』はそれまでチャージしていたダメージを放出する。指先から細く出せばビーム、手のひらから太く出せば砲弾となる。細い方が速度は速い。

 放ったエネルギー――俺はエナジーと呼んでいるが、エナジーは何かにぶつかると発散する。


 威力は放出率次第だが、総じて爆発と呼ぶに等しい。

 たとえるなら、エネルギーの詰まった風船を細く長くあるいは太く短くして放ち、何かに当てて破裂させるイメージ。


「オープン」


 詠唱した瞬間、水中爆発が発生するとともに俺自身も吹き飛んだ。

 根っこを壊すほどではないから、すぐにぶつかって軌道が変わる。運が良いと、爆発によって生まれた水流――バブルジェットが俺を撫でる。泡の感触が気持ちいい。


「お、レベルアップしたな」


 そうだとわかる高揚感が訪れた。ようやくか。


 当初、俺は攻撃を仕掛けてくるバーモンにリリースを放つつもりでいたが、愚策にも程があった。

 暗闇ではバーモンと根っこの見分けがつかないし、攻撃を食らったとわかった頃には、もう吹き飛んでいるため間に合わない。

 そもそもエナジーは水中だと即座に反応してしまうらしかった。つまり水中でのリリースは自爆になる……。


 そういうわけで俺は作戦を変えて、自爆に頼ることにした。

 わざとバーモンを集めてから一掃する、ということを繰り返したのだ。


 反発が収まってきた頃には、もう次のバーモンがやってきて、俺を吹き飛ばす。水中のはずなのに、スーパーボール顔負けのバウンド祭りが再来。

 そこに状態異常担当なのか、小さくて妙に頑丈な何かがしれっと張り付いてきて、妙な液体をこすりつけてくる。

 たぶん皮膚を突き破って注入したいんだろうが、どうせ無駄なので、せめてダメージが増える目とか爪の間にしてほしい。


「意外と伸びが悪いな。もう十発は放ってるんだが」


 最適な出力率だが、0.3ナッツだとわかっている。

 0.3未満以下だと死なないバーモンがいたり、巻き込める範囲が狭かったりする。しかし0.4にもなると根っこが壊れ始めてしまう。また空に飛び出す羽目になりかねない。


「倒した数が少ないんだろうか。そんなはずはねえよなぁ……」


 暗闇なので死骸さえも見えないわけだが、バーモンからの攻撃頻度から逆算すると、しっかり集めた後に一発放つだけで三十匹は殺せている。

 それを十回は繰り返しているので、単純計算で三百匹は殺しているはず。


「仮に経験値なる概念があるとしたら、バーモンの経験値は大したことがない?」


 何せその辺のエルフでも狩れるわけだしな。

 だが、身体に張り付いてくる何かのように、明らかに硬いバーモンもいる。もう少し高くてもおかしくはないと思いたいが。


「あるいは別の指標があるとか」


 仮に俺のレベルを80とする。これはグレーターデーモン一体を倒した後のレベルに等しいわけだが、本当にすべてが反映されているのだろうか?

 たとえば、本当は110くらい上がるはずだが、足りない条件があるせいで80に留まっている――なんてことはないだろうか。


 もっとも真相はクソ天使次第である。

 が、ここまでの傾向から察するに、そんなに難しい実装はしていない。前世の異世界ファンタジーで使われるRPGシステムと大差ないはずだ。

 レベルアップに必要な経験値量が、俺の体感よりも多いってことなんだろうか。RPGってそういうもんだよな。レベル上げはとにかく時間がかかる。

 それが嫌で、社会人になってからは全く遊ばなくなったっけな。

 スーパーボール状態を忘れて、しばし回顧する俺だった。


 放ったエナジー分がチャージされたところで、「オープン」もう一度放つ。

 俺も吹き飛ぶわけだが、バーモン達による物理的な横槍は嘘のように止まった。


「止まるってことは、殺せてるってことだよな」


 もう少し明るければ色々とわかるはずだが、夜目担当のダンゴは鋭意避難中。「死んでないといいんだが」思わず心配が口をついて出る。

 バーモン達の攻撃力は想像以上で、たとえ俺自身が無敵であっても、体内に及ぼされる衝撃は相当なものだ。レベル40相当のダンゴに耐えられるとは思えない。


「……」


 見通しが甘かった。体内に避難させるだけでは足らなかったのだ。

 そんな俺を責めるかのように、体内からは一切の応答が来ない。ダメージもやってこない。


(ダンゴ……)


 連絡を取ろうとして、胸中で頭を振る。


 もう始まったことだ。このままいけるところまでいくしかない。

 ダンゴが死んだ後のことは今考えることじゃないし、レベルアップが芳しくない件についても、今はどうしようもない。


 今、俺がやるべきことは、とにかく手を動かすこと。経験値――があるかどうかは知らないが、少しでもレベルアップに繋げることだ。


 この世界はレベルが全てである。

 レベルアップのチャンスは、何よりも尊い。


「……移動するか」


 バーモンの集まってくるペースが少し落ちている。

 どうせ現時点でも俺の寝床からは離れているだろうし、今さら迷子を考えても意味はない。


 俺は手探りで川底――幹以上に硬くて平らだからすぐわかる――を探り当て、海底生物よろしく移動し始めた。


 途中で手に触れたウニ型の何か、ヒトデ型の何か、あるいはタニシのようなものは全部身体にひっつけた。

 というより、勝手に絡みついてきて、針をガトリングよろしく高速で刺してくる。その威力はいちいち桁外れで、ユズやブーガの皮膚も貫くんじゃないかと思えるほど。


 おかげでチャージ量も笑えるくらいにうなぎ登りで、思わず目的を忘れて川底でくつろいでしまった。


「オープン」


 いったん蹴散らした後、もう一度川底を目指す。

 俺までいちいち吹っ飛ぶのが面倒なんだよな。ユズやブーガみたいに、自分が出した衝撃に負けない手段が欲しいところだ。


 程なくして川底を探り当てた俺は、しばし待機。

 同様のバーモン達がうようよ集まってきて、まとわりついてくる。意外と利口らしく、場所を譲り合ったり、時折交換したりしているのが肌で伝わってきた。


 それでも針は絶えず連打されているので、俺はただただ振動している。ランマーに鳴らされてる地面はこんな気持ちなんだろうか。


「こっちの方が効率は良いな」


 集めてはオープンを唱えることをひたすら繰り返す。

 飽きてきたらしばらく放置したままにして、考え事に耽る。その間もダメージがみるみるチャージされていくから美味しすぎる。

 何が楽しいのか、コイツらは一向に飽きる様子もなく刺し続けてくるからありがたい。


 効率で言えば、グレーターデーモンの時よりも良かった。






 レベルアップ作業は夜明け前には引き上げた。

 念のためである。もしダンゴが死んだとなれば、シニ・タイヨウの素顔が晒されることになる。対策を考える時間が必要だ。


 とりあえずヒトデ型バーモンの死骸をお面がわりにしたまま、川を出た。幹をよじ登りつつ、耳を澄ませて、人気ひとけがないことを確認。

 真っ暗だが、しばし跳躍することを繰り返して、空間の把握に努める。


危険区域デンジャーセクションのようだが、覚えのない場所だな)


 とりあえず住居エリアでなかったことにほっとする。足場は見当たらないので、樹冠から垂れ下がっている枝の一つにぶら下がってみる。


 あれから俺は八回ほど高揚感に見舞われた。8レベル上がったと見ていいだろう。一気に2レベル以上上昇した可能性も無きにしもあらずだが、体感的にそこまで劇的な成長は無かったように思う。

 しかし、たしかな手応えはあって、また一歩、いや数歩くらいは人間から遠のいたのはたしかだ。


(ぶらさがったまま眠れるかもしれん)


 俺は今、親指と人差し指だけで枝の表面をつまんでぶら下がっているわけだが、感じる負荷がもはや誤差である。無敵バグで体力無限でなくとも、二十四時間くらいなら耐えられる気がする。

 それでも枝はさすがストロングローブだけあって、まだまだ潰せそうにはないが。


(ダンゴ。バニラ。終わったぞ。生きてるなら返事してくれ)


 さっきから独り言を呟いているものの、やはり全く反応がない。

 いつものダメージも届いてこない。ダンゴもバニラも体内を遠慮無く動くため、ほぼ常にダメージが発生しているのが日常だったのに。


(ダンゴ。……おい。ダンゴ! ダンゴ!)


「……マジかよ」


 自分の判断を責めようと、ネガティブな思考が顔を出してくる。

 それらを無視して、俺は体内に語りかけるように意識を集中させた。


 体内の隅々の、細胞の一つ一つを点検するイメージ――


 だが、どこにも、何も見当たらない。


「……」


 ダンゴは面倒くさい奴だった。

 グレーターデーモン以上に賢くて頼れるが、俺の言うことを素直に聞いてくれなくて、要望を通すのには毎回苦労した。

 それでも物分かりはよくて、渋々付き合ってくれることが多かったように思う。


 そもそも表皮と体液を生成する能力は神懸かっていた。コイツがいなければ、俺はここまでスムーズに立ち回れてはいないだろう。


「……いや、俺が信じないでどうする」


 ダンゴは問題ないと返事した。だったら、問題なんてない。

 もし問題があったら、即行で否定の小突きを入れてきたはずだ。認めたくないが、ダンゴは俺よりもはるかに賢い。


 いっそのこと、俺のすべてを暴露した上で、どうやったら死ねるかを全部任せてしまいたいくらいに……。

 まあダンゴに死ぬ気はないだろうからしないけどな。下手にばらせば、それこそ俺が乗っ取られてしまいかねない。


 俺はダンゴを相棒だと考えているが、全面的に信用しているわけじゃない。

 絶望的な食い違いがあるのなら殺すことも辞さないつもりだった。


 でも――いや、だからこそ頼れる相棒だったのだ。

 誰にも頼りたくない、こじらせたぼっちであるこの俺が、プライドを曲げてでも頼りたい、と。そう思える程度には、ダンゴは凄い奴だったんだよ……。


 俺は手探りで枝を辿り、寝転がれる場所を探す。

 太めで水平な部分を発見できたので、そこに寝そべった。


 明日も学校が待っている。あまり時間はない。体内からの反応も相変わらずゼロに等しい。


 それでも俺は、ギリギリまで待つことにした。

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