第136話 バーモン狩り3
待ち始めて三十分ほどだろうか。
(そういうことだったか)
根拠のない直感だが。
ダンゴは自身の足だか細胞だか核だかを小さく分割した上で、俺の体内にばらまいたのではないか――
その状態ではあまりに小さいため、俺と意思疎通はできない。しかし、ダンゴもバカではないから、元に戻るための
その契機が、俺の体内がおとなしくなることだったのだろう。
体内の活動――すっかり日常となった全身からの微ダメージが少しずつ盛り上がっていくのを感じながら、俺はこの直感が正しかったことを確信する。
(――器用な奴だな。改めて聞くぞ。ダンゴ。無事なら返事しろ)
後頭部に単打を返される。一日も経っていないのに懐かしく感じられた。
(バニラは?)
間髪入れずに同じ返事が来た。睾丸へのダメージも忘れていない。
(上出来だ)
そして俺が指示する必要もなく、もうジーサの容姿が復元され始めていた。
何気にお面として使っていたヒトデ型バーモンの体が削れていっている。ジーサの表皮をつくるのに必要なのだろう。
(自分で言うのも何だが、相当な負荷をかけたと思う。二人ともどうやって避難してたんだ?)
直後、この聞き方では答えが得られないことを思い出し、苦笑しつつも尋ね直す。
数十ほど質問を繰り返して、正解に辿り着いた。
結論を言うと、俺の直感は正しかった。
早い話、ダンゴは微生物の集合体である。あるいは意思を持った細胞か。それが自由に体内を動き回ったり、連結して大きくなったりする。
最初見たときのダンゴムシ――掛け布団を畳んだ時くらいのサイズは、すべてを連結したときのものだ。
あのサイズが俺の体内に収まっていることが到底信じられないが、人間の血液の総面積もテニスコート六面分というし、そんなものかもしれない。
俺の体内、マジでどうなってんだろうな……。
スキャンする術があるのだとしたら、死ぬ前に一度くらい見てみたいものだ。
さて、肝心の避難方法だが、どうも俺が平静になることで広がる部分が多数あるらしく、そこに自らを押し込めるんだそうだ。
俺が少しでも運動を始めると、その部分は収縮する。
そうなるとダンゴは身動きが一切取れなくなる。言わば俺の肉壁に取り込まれた状態になるわけだ。
この状態は無敵にも等しい。何せバグった肉壁なのだ。衝撃さえも通すことはない。
なるほど、さすがはダンゴである。
……いや全然理解できてないけどな。その部分とやらが具体的にどの部分なのかもわからないし、そもそも力が伝わらないってのも謎である。
絶縁体は電気を通さないが、俺のバグった肉壁だか細胞だかは力も通さないってことなんだろうか? 仮に通さないとした場合、俺に加えられた力はどこに行っているのか。謎だ。
もう少し詳しく引き出しても良かったが、イエスノーしか答えられないダンゴから引き出すのは本当に骨が折れる。
俺は科学も人体も素人だし、今はダンゴに任せた方がいいだろう。
(しかし、こんなところでゾーンが出てくるとはなぁ……)
厄介なのは、その平静とやらの条件。
これが非常にシビアで、何も運動していない状態を維持しなければならない。立っているだけでも座るだけでもダメで、寝る必要がある。
どうも
唯一の例外が、俺自身が極度に落ち着くことである。
前世ではゾーンという大層な名前が一人歩きしているが、要するに極限まで高められたリラックス状態だ。
一般的に一部のプロアスリートしか入れない状態とされているが、バーモン狩り開始前の俺はなぜか入った。ダンゴはその隙に避難したのだ。
(しかも、そんな俺の性質を見抜いてたってことだよなぁ……)
先のゾーン入りが仮に偶然によるものだとしたら、そんなものにダンゴが頼るとは思えない。
俺が始める前に後頭部を連打して、平静の必要性に気付かせようとしたはずだ。
それをしなかったということは、俺がゾーンに入ることを知っていたことになる。
俺よりも俺に詳しいダンゴさん。今さらだが、なんかちょっとハズいな。
(ゾーンへの出入りか。使いこなせれば便利そうだ)
ダンゴが信頼する程度には、俺は既に出入りできているみたいだが、まだ自覚はない。
考察と練習は追々やるとしよう。
続いて俺も戦果を共有する。
レベルは9ほど上がり、総チャージ量は600に至っている。レベルはともかく、ナッツという単位はピンと来ないだろうから、改めて詳しく説明しておいた。
その間、俺はヒトデ型バーモンを口に入れることを繰り返した。
ダンゴに食べさせるためである。別に口に入れる必要はないのだが、俺が人間である以上、口以外の部位から摂取するのはおかしい。
ダンゴは俺の声帯を邪魔しないよう、器用にバーモンを貪ってくれた。音も立てないから行儀がいい。
(にしても、想像以上に気持ち悪いなこれ……)
欠けた一部を手に取り、目の前に掲げてみる。
明るみ始めてきたおかげで、ようやく本体がわかったのだが、ヒトデ型バーモンの表皮はグロテスクの一言に尽きた。
深海魚など軽く置き去りにしている。はらわたと糞便を足して二で割っても、まだまだ勝てない。
「なんか再生してるし……」
断面がぐじゅぐじゅ言っている。指を当ててみると、わずかに押し上げられる感触がある。再生早すぎない?
ダンゴもダンゴで、これを狙っているかのような食べ方だしな。
(なあダンゴ。もしかしてそれ、体内で飼う気か?)
案の定、肯定の返事が返ってくる。
食事の邪魔をするなと言わんばかりの強打だ。へいへい。
要するに、再生を上回らないペースで食べれば、再生が持続する限り食べ続けることができるわけだ。抜け目がねえな。
……これ、そんなに美味いんだろうか。
試しに食べてみた。
(うーん……、うん)
冷凍した果物からシャキシャキ感を取り除いたような食感。
味はよくわからない。バグってる俺は、美味しいも不味いも感知できない。かろうじて
何度かぱくぱくしていると、ダンゴが舌を捻ってきた。へいへい。
一通り情報共有を終え、レベルアップした身体の感覚を軽く試したところで、ちょうど良さそうな時間に。
(時計があったら便利なんだがな。ダンゴ、時計って知ってるか?)
数字で言えば、真上にあるのに12時だったり10時だったり14時だったりする。馬鹿にしてんのかと思うのは、俺が前世の人間だからだろうか。
(デイゼブラの赤ちゃんを体内で飼えば行けるんじゃね? ダンゴはどう思う? できそうか?)
まだまだ食事中らしく、俺の雑談にはちっとも乗ってこない。
そんなダンゴに嘆息しつつ、俺は日課の散策をしながらグリーンスクールへと向かうのだった。
ちなみに体を洗ったり服を用意したりする必要はない。ダンゴが全部再現してくれるからだ。
本当に優秀すぎて助かる。失わなくて良かった。
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