第134話 バーモン狩り

 クズ二人組がおとなしかったおかげで、留学生合流後初日は問題無く終わった。

 ルナ達と顔を合わせることもなければ、放課後連れ回されることもなく、日が沈む前には危険区域デンジャーセクションの一つ――すっかり俺の住まいとなったエリアに戻ってきた。


 数分もしないうちにゲートが出現するので、くぐる。


 一昨日と同様、濃褐色に包まれた小屋だ。窓もドアもないが、木材の温かみがあるからか閉塞感はない。「では」と礼をしたリンダが、別に開いたゲートで去っていく。

 ゲートが通じるってことは今は結界には囲まれてないはず。ヤンデなら逃げられそうだが……いや、そんなに甘くはないか。

 今逃げ出したところで、逃走劇が幕を開けるだけだ。完全に解放されなければ意味がない。


「お疲れのようだな」

「全く歯が立たなくて泣きそうよ。えーん」


 壁の材質を調べながら話しかけると、棒読みの後にどんっと背中から抱きつかれた。なぜかおんぶする格好になる。


「皇帝ブーガと同席したわ。オーラで恐怖を感じたのは初めてよ」

「……そんなに凄いのか? サリアさんとも違う?」

「比較にならないわね。頭一つ抜けているわ」


 まあ近衛ユズが追い詰められるくらいだしな。


「サリアさん攻略の進捗は? あっ」


 そこで俺は防音障壁を張っているかの確認を忘れていることに気付く。「張っているわ」さすがはヤンデさん。


「ちなみに王族への反逆は、企てるだけでも死罪よ」

「エルフは盗み聞きしないと聞いたが」

第一位ファーストランクと一部の従事者は別なのよ。国の秩序を守るために、むしろ目を尖らせている」

「危険区域もか?」

「そこまでは見ていないでしょうね。対人資源リソースが明らかに足りない。おそらく都市部と第二位セカンドランク以上だけね。何? 悪さでもする気?」


 ヤンデは無自覚なのか狙っているのか、慎ましい胸を惜しげもなく押しつけながら、綺麗な指先で俺の頬をつっついてくる。


「ただのレベルアップだよ。川に潜って、バーモンを狩りまくろうと思ってる」


 ヤンデの指が止まった。

 深爪なんだな、ということに初めて気付く。高貴な女性は爪は長いイメージだが、機能性を重視するエルフらしいなと思う。


 興味本位で咥えてみたら、「うぐっ!?」喉元まで押し込まれた。一切の手加減がなく、レベル10はおろか、40くらいでも風穴が空く威力だ。

 今さら隠し立てする意味もないので、もう演技もしない。


「深く追及はしないけれど、たしかに、それは見せない方がいいわね」


 一言で俺の非凡さに気付き、かつ深追いもやめてくれるとは話が早くて助かる。

 もっとも俺もさほど心配はしていなかった。

 自分の武器や特質は生命線であり、たとえ親しい相手であってもおいそれと教えるものではない。冒険者なら当たり前のリテラシーだろう。


「今日と明日は迎えに来なくていいぞ。狩りに集中したい」

「わかったわ」

「ちなみに、俺の位置はどうやって特定している? 特定しているのはヤンデか?」

「後者だけ、そうよと言っておくわね」

「お互い様か」


 俺が無敵バグを隠しているように、ヤンデにも色々と隠し球があるのだろう。


「おい。唾液がついた指で頬を撫でるな」

「あなたの唾液よ?」


 今度は鼻に突っ込まれてぐりぐりされる。レベル40でも鼻が取れるパワーで、ダンゴは避難に忙しいだろう。「舐めてもいいぞ」ゴッと側頭部を殴打された。風圧で小屋が少し揺れる。


 しっかし、どうにも本題を避けている節があるな。

 俺は本来の力を発揮してヤンデを引きはがし、


「で、ヤンデはどうだったんだ? 逃げられそうか?」

「それは言わないで。現時点では絶望的だから」


 弱気になられても困るんだが。

 とりあえず喋らせようか。人は傾聴してくれる相手に喋ることで冷静になれる。その際、相手が迷わないように、こちらから尋ねるのがコツだ。

 と、本に書いてあった気がする。


「復習も兼ねて、詳しく聞かせてくれ」


 シリアス100%の雰囲気でゴリ押ししたところ、ヤンデが折れてくれた。なぜか膝枕を強要されたが。


 話を要約すると、まずステータスの差は問題ないらしい。

 レベル62で、一体どうやって倍以上の開きがある相手に追いつけるのか想像もつかないが、ユズもブーガ相手に反応していたし、何かあるのだろう。


 問題は結界――無魔子マトムレス系の魔法とスキルである。

 展開速度が非常に速く、ヤンデでも追い越せないという。そして一度展開されてしまえば、もう魔法は使えなくなる。そうなるとヤンデはレベル62――第二級冒険者手前の雑魚でしかない。


(魔法を封じられて追いつけなくなるってことは、魔法で第一級のステータスに追いついてるってことか)


 何をどう応用すればそんな芸当ができるのだろうか。反射神経からして追いつけないから無理だと思うんだが。

 そういえばブーガに応戦したユズも似た状況だったよな。ユズは防御と魔法はともかく、パワーとスピードは第三級程度だった。にもかかわらず、ブーガの速度に追従できていた。


 悔しそうに話すヤンデの髪を撫でながら、俺は自分の秘密と交換したい衝動に駆られるのだった。






 きっかり一時間でリンダが登場し、俺達は別れた。

 ヤンデはこれから睡眠の訓練に勤しむという。王族も大変なものだが、睡眠そのものを犠牲にしない姿勢は評価できる。

 ユズを飼っていたナツナもそうだが、ジャースの冒険者は睡眠を大事にしている節がある。廃人対策だろう。


(眠らなくても平気、という点も隠した方がいいな。さて)


 これで障害は無くなった。心置きなくレベルアップできるというものだ。


(ダンゴ。バニラ。今から川に飛び込む。避難を開始してくれ。終わったらイエスを返せ)


 数秒も経たないうちに、後頭部と両の睾丸に打撃が来る。

 ダンゴによる夜目もなくなり、顔面も覆面を外したかのように軽い。ジーサの容姿を形作る部分も込みで避難させたので、今はシニ・タイヨウ――つまりは俺の素顔が丸出しになっている。


 俺は少し歩いて、普段使っていない薄い足場に着くと、強く踏み込んで崩した。そのままだと落ちるので、ストロングローブの樹皮を掴んでぶら下がる。

 数十メートル下方、川面のあたりから木片の潰れる音が聞こえる。相変わらず音は鋭く、短い。風圧も微かに届いてきている。


 一応、下を向いてみるが、


(まあ見えねえよな)


 夜の森は暗闇に等しい。周囲に発光する植物はないし、川にもそのようなバーモンは見えない。というか川そのものが見えなくて、境界さえもわからない闇が広がっているだけだ。

 つまりは視覚が一切役に立たない。


(川に入るまでの空間は全部覚えたが、問題はその先だよな)


 どういうわけか、俺は空間認識能力の類も著しく向上している。冗談ではなく、今まで過ごした場所なら目を閉じても過ごせるほどだ。

 この性質は異質らしく、たぶん俺がパルクール――前世で人並以上に原始的な体幹と体感を鍛えていたことが関係していると思われる。


(泳ぐのは苦手なんだよなぁ……)


 重力に支配された陸地とは勝手が違いすぎて、適応するのが面倒なんだよな。不器用だと中々上達しないし、体脂肪少ない身体だから浮かなくてだるいし。

 が、そうも言ってられない。


 俺は余計な思考を取っ払い、安全高度セーフハイトぎりぎりまで下がると――

 持てる脚力をすべて発揮して、一気に川に飛び込んだ。


 自分でもびっくりの体感速度だった。

 川面に当たるまでの時間から、音速を容易く超えたことがわかる。まさか自分の力でマッハを超えるとは、前世の俺は夢にも思わなかっただろう。

 ファンタジー顔負けの体験をしているはずだが、暗闇のせいでいまいち興奮に欠ける。バグっててそういう感情も降りてこないしな。


 そもそもそういう場合でもない。

 俺は早速バーモン達の洗礼を浴びていた。


(この数字の桁……懐かしいな)


 水中を凄まじい速度で行ったり来たりしている。

 音の聞こえ方も少し違うようだ。鈍くて重い轟音が絶えず耳の中を、いや全身を押し潰してくる。地上や空中だともっと置いてけぼりというか、ワンテンポ遅れて音が届くのが常だった。

 音速は水中だと四倍以上になるという。聞こえ方も違えば、威力も違うのだろう。体感的に、水中の方が強い。


 何度もぶつかっているのは、ストロングローブの幹だろうか。ミスリルに当たった時よりも感触が固く、さすが第一級冒険者でも折れないだけのことはある。

 一方で、何かを貫いたり抉ったりする感触も微かにあり、こちらはバーモンを巻き込んでいるものと思われる。


(まるでレーザービームだ)


 壊れることのない俺の身体は、何よりも固い物質――凶器にもなりえる。吹き飛んでいる最中の俺に当たったら、ひとたまりもあるまい。

 どうやらバーモンは攻撃力は高いが、防御力は大したことがないらしい。

 まあエルフ達も普通に狩っていたし、そんなものか。


(いや、種類にもよるか)


 たとえば俺の指を丸ごと咥えている何か。

 右手小指に一匹、左足中指と親指に二匹、計三匹分の気持ち悪い感触がある。

 コイツらは俺の身体とストロングローブで下敷きになっても生きてるから、頑丈さは相当なものだろう。

 で、俺の指で何をしているかというと、百を超える微細な歯を突き立てて、どろっとした液体を分泌している。状態異常担当だろうか。冒険者にとっては厄介な存在に違いない。


 ともあれ、レベルアップ作戦の第一段階は予想以上に順調だった。

 一番心配だったのは川の外に吹っ飛ばされることだったが、今のところは問題ない。というより、


(なんか天井があるっぽいんだよな……)


 ここ、川の中だよな? 何がどうなっているのだろうか。

 バーモンは魔法を使わないらしいから、魔法で天井をつくって閉じ込めた、なんてこともないだろう。暗闇だから何もわからない。


「まあいい。そろそろ始めるか」


 好奇心にちょっかいを出すのはそのくらいにして。

 今日の本題はレベルアップである。バーモン達を殺せねば意味がない。


 俺は右手小指に食らいつく何かに、左手人差し指を構えた。アホみたいに重い口と喉を何とか動かして、お馴染みの詠唱を行う。


「0.5ナッツ――オープン」


 瞬間、俺の軌道が変化したのがわかった。一回だけ固い面にぶつかり、続けて三回ほど非常に固い棒を貫き、最後に二層ほど柔らかい何かを通過して――


「これが深森林の夜景か」


 俺は空に飛び出していた。


 ジャースには月もなければ電気もない。屋外でも山中のように真っ暗なわけだが、眼下ではポツポツと光の点が見えていた。

 色合いは赤で、火魔法によるものだとわかる。光の分布に偏りが見られないことから、魔法が使えない貧民はいないのかもしれない。


(呑気に鑑賞してる場合じゃなくて)


 空だと目立ちかねない。うつ伏せ状態なので、俺は背中を撃ち抜くように親指を突き立てて、「オープン」再度0.5ナッツを撃った。

 予想以上の速度と、直後発生するであろう爆音に内心苦笑する間もなく、再度柔らかい二層、いや三層――たぶん足場層プレーンも貫通して、もう入水していた。


 このまま川底に激突するかと思ったが、横薙よこなぎを食らう。


(いや、これは……)


 単にぶつかっただけだとわかり、ようやく俺は確信に至った。


「根っこか」


 水中高速移動下での発声に慣れるためにあえて呟いているわけだが、それはともかく。

 体感をヒントに脳内マップを描いてみると、よくわかった。

 ストロングローブの根は、立体的に張り巡らされている。まるで迷路のように。

 どおりでぶつかる回数が多いはずだし、一向に空に出ないわけだ。


 要するに俺は、根っこの迷路の中でバウンドしまくっている。


「バーモン達も狙ってやがるな」


 思い返してみると、バーモン達の攻撃は俺をとにかく叩くのではなく、どこかに弾いているような節があった。俺を川の外に出さないよう、迷路の中へ中へと押し込んでいたのだ。

 迷路の内部はまだよくわからないが、箱のような、あるいはドームのような形状だと思われる。一度入ったが最後、川底から迂回しない限りは浮上できない。


 例外があるとすれば、根ごと吹き飛ばすことだろう。

 たとえば0.5ナッツであれば、細い根なら壊せるし、吹き飛ぶ俺自身で貫通させることもできる。面のような太い根だとさすがに厳しい。


 そこまでわかると、さっき空にまで吹っ飛んだ時の感触にも説明がつく。


 最初の一回が太い根、次の三回は細い根で、最後の二回が川面と樹冠だろう。太い根は貫けないから反発し、細い根以降はそのまま貫通したのだ。


「0.1ナッツ」


 とりあえず0.5は強すぎるので絞っておく。

 さっき空で放ったのは軽率だったな。騒ぎになってないと良いんだが。ともあれ、今はレベルアップだ。


 相変わらず四方八方から殴られ吹き飛ばされながらも、頭に流れ込んでくる数字――ダメージ量を冷静に観察してみる。

 パターンは三つほどあった。衝撃波や水圧など軽微なものを無視すると実質二つ。


 根や幹にぶつかることで生じる反作用。

 そして、バーモンの攻撃。


 なら俺のやることは一つだ。後者の発生源に対してリリースを撃てばいい。


「狩り方が決まったな」


 暗闇の中でお手玉となりながらも、俺はバーモン狩りに着手する。

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