第24話 ボングレー3

 窓ガラスから朝日が差し込む。外からもぽつぽつと足音や会話が漏れてきた。


「タイヨウさん……おはようございます」


 そばで寝ていたルナがむくりと起き上がる。

 昨日、というか今日の深夜だったか。ここに来て、そのまま地べたにバタンキューしてたな。バタンキューって死語だっけか。


 ルナは朝に強くない。今も寝ぼけ眼を手でこすっている。それ目に良くないぞ。


「早いな。顔でも洗ってこいよ」


 俺は自作した詰めマイン――縦横二十マスの大作を最終チェックしている。

 こういうとアレだが、邪魔されたくないのでどっか行っててほしい。


「いえ、ここで洗います。――【風の部屋ウインド・ルーム】、【ウォーター】」


 ルナは上半身を包むように風魔法を展開した後、その中で水魔法を発動。水は周囲に散らばることもなければ地面に落ちることもなく、風の檻によって宙をふよふよしていた。


「便利だなそれ」

「水浴びも可能ですよ。すっぽりと包めます。今度一緒にいかがです?」

「遠慮しとく」


 裸のルナと一緒にか?

 ……水浴びくらい一人でさせてくれ。


「で、終わった後の水はどうするんだ?」

「え? 蒸発させるだけですけど――【スーパー・ファイア】」


 ごぅっと中華料理みたいな火が出たかと思えば、もう水が蒸発しきっていた。


「なんですか、その何か言いたそうな顔は」

「別に。器用だなって思っただけだ」

「私知ってますからね。タイヨウさんがちょいちょい私をじろじろ見てること。私、そんなに可愛いですか?」

「ああ。よくみとれてるよ」

「嘘ばっかり言って――ん?」


 あながち嘘ではないんだがなぁと思っていると。

 ルナの小悪魔フェイスが解除され、真顔が現れた。


「どうした?」

「いえ、外の様子が何かおかしい気が……」


 その時だった。

 突如、ピンク色の膜のようなものが部屋に入ってきて俺達に接触――それはそのまま通過していった。

 壁も物も、すべてを貫通しているようだ。


「タイヨウさん、何ともないですか?」

「ああ。強いて言えば掴まれてるとこが痛い」

「あっ、ごめんなさい」


 ルナはとっさに回避しようと俺の腕を掴んでいた。が、高速移動には風圧が伴う。このプレハブが壊れることを躊躇って、結局やめたのだろう。


「今のは? なんかの魔法か?」

「何でしょうね。それよりあの色合い、どこかで――まさかっ!?」


 ルナが慌てた様子で窓ガラスに近寄った時、


「ナツナ様!」

「ナツナさま!」

「ナツナさまっ!」


 散々聞き慣れた村人達の、全く聞き慣れない大嬌声――


「おい、これって……」

「シッ。こっちに来て下さい――【ゲート】」


 俺が動くより前にルナが高速移動を発揮。腕を掴まれ引っ張られた。

 風圧で俺の大作詰めマインが大破する。……それどころじゃないよな。わかってる。


 ルナは窓ガラスからこっそり外をうかがい、俺はその隣で待機。腕はしっかりと握られており、ゲートも展開中だ。

 言うまでもなく、すぐに逃げるために。


「……なんてことを」


 ルナが忌々しそうに呟いた。


 腕を掴む力が緩む。


「……」


 俺は少し迷った後、腕を振り切り、しゃがんで窓の反対側に回り込んだ。ルナ同様、覗き込もうとするが叱責は無い。俺の能力でもバレずに覗けるということだ。


 覗き込んでみる。ちょうど広場を見下ろせる角度だが――


「なんでアイツが……」


 凄惨。その一言に尽きた。


 ナツナ・ジーク・アルフレッド。

 昨日目撃したばかりの、アルフレッド第二王女。遠目でも彼女だとわかる金髪と高貴なドレスに身を包み、体格の良い男を二人ほど椅子とテーブルにしている。気のせいか、少しぐったりしているように見えた。


 彼女を中心に数メートルの空間が確保され、四辺に一人ずつ配置されているのは騎士だ。分厚い鎧と剣がギラリと反射した。


 それに向かって村人が殺到している。「ナツナ様!」「ナツナさまっ!」明らかに理性がない。

 そんな村人達を、騎士が片っ端から切り裂いていた。

 既に血と死体の海が広がっているというのに、村人達は止まらない。ただただ王女に向かって盲進している。


 村人の一人が騎士を抜けた。俺よりも格上の移動力だ。

 表彰されていたから覚えている。ゴロオ、だったか。村でも随一の戦闘力を持つ用心棒。

 ゴロオは一瞬で服を脱ぎ、王女に迫る。王女は見向きもせず、ティーカップをすすっていたが、直後――。


 ゴロオが見えない壁によって弾かれた。


「近衛ですね。直接触れてはいないので魔法でしょう。空気の壁エアウォールでしょうか」

「見えるのか?」

「……いいえ? 想像です。私ほどになると、たとえ姿が見えなくてもおおよその動き方をイメージできます」

「そういうもんか」

「はい。タイヨウさんもそのうちわかります」


 棒読みで返してくるルナ。現実から逃避するために口を動かしているという感じだ。


 ルナも俺もバカではない。この状況で突っ込んでいっても無駄死にするだけだ。

 幸いにも気付かれてはいないが、相手は今後脅威になりかねない存在でもある。情報収集はしておきたい。


 結論として、すぐ逃げられるようにしつつ可能な限り観察に徹する、というのが当然の行動だった。


「ル……いや、何でもない」


 俺は尋ねようとして、言葉を飲み込む。


 状況自体は一目瞭然だ。

 王女ナツナがチャームを発動したんだろう。それも本人がぐったりするほど大それたものを。さっきのピンク色の膜も、おそらく空間を包む系の視覚作用エフェクトと思われる。

 それはこの村全域を包み込み、村人を余すことなく虜にした。見るまでもない。血の海には女性や子供も浮かんでいるのだから。


「……」


 今回のチャームは女性にも効く。ならルナにも効いているはずだが、なぜ平静でいられる?


 そういえばルナって、あの森で隠密ステルスなモンスター達と渡り合っていたんだよな。第一級冒険者でさえも歯が立たない、立入禁止区域で。


 ……何か隠してるよなぁ。

 レアスキルか? 耐状態異常アンチアブノーマルの他に耐隠密アンチステルスなんてものがあるとか? それともチャームも状態異常の一種だから防げるという感じか?

 それだけじゃない。他にも――


「あっ」


 ルナが思わず声を上げた。

 見ると、ゴロオが騎士達に囲まれ、串刺しになっている。剣が肌を通らなかったところを見ると、防御力も相当らしい。


 それで喉を狙われる。今度は通った。

 喉への集中砲火。大量出血――。間もなくゴロオも絶命した。その時だった。


 王女がぐるんとこちらを向いた。

 かろうじて目で追えたが、そのスピードだけでわかる。少なくとも俺よりは格上だ。無論ルナが気付かないはずもなく、相変わらずの高速移動で俺に近づき腕を取――


「拘束」


 頭上に何かが出現していた。王女ナツナと同じく金髪だが、裸の少女だ。体の起伏も表情も乏しい。

 それが手刀を構え、俺を掴むルナの腕に振り下ろす。

 神速。俺は認識するので手一杯だったが、


「ッ!?」


 ルナは腕を引いて回避した。その勢いで反転しつつ、蹴りを繰り出す。

 少女はそれを片腕で受け止めた。まるで効いていない。どころか食らった勢いを乗せて、もう一度俺に手刀。


「ぐっ」


 側頭部にクリーンヒットした。

 残念ながら頭が吹き飛ぶことはない。プレハブの壁を暖簾のれんのように突き破り――って、待て待て、こっちは広場の方角では。


 何かに受け止められた。


「確保」


 さっきの少女だ。テレポートだろうか。にしても詠唱が早すぎる。

 それと背中に何か当たっている。微かに実っている果実とその先端。


「タイヨウさん! 必ず助け出します!」


 そう叫ぶルナは「【テレポート】」早口だが正確に詠唱して、間もなく消えた。……さすがルナ。潔い。つーかテレポート使えたっけ?


「相変わらず冷静ね。可愛げがないわ」


 なおもマイペースにくつろぐ王女の声が降ってきた。

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