第23話 ボングレー2

 日が落ちると大宴会が催された。俺は先生、ルナは軟弱な先生を尻に敷く嫁として紹介された。


 俺は男達と学問に関する話ばかりしていた。ルナは拗ねてどこかに行った。

 途中、税が高いだの貴族はがくがないだの国に関する愚痴大会になっていたが、非生産的な行為は嫌いだ。時には半ば強引に軌道修正して、とにかく俺達は語り合い、教え合った。


 知的な会話は楽しいものだ。あっという間に数時間が経つ。

 就寝する家族がぼちぼち出始めたため、お開きになった。


「にいちゃん、飲むか?」


 男達の中でも取り分けの良い男が、木製のカップを両手に持っている。名をゴロアという。

 ここボングレーの村長格の一人で、頭の良さもおそらく随一。


「夜酒は体に良くないぞ」


 と言いつつ受け取る俺。並んで階段に腰を下ろす。


 今日は本当に喋った。喋り通した。こんなに喋ったのは人生で初めてかもしれない。バグってるおかげで全然疲れないから便利なものだ。

 いただいた酒を飲んでみる。当然だが酔うことはない。

 俺の舌には合わないようだ。前いた世界でもそうだった。酒もそうだしワインもそうだが、ああいうものを好んで飲む奴の気が知れない。俺が子供舌なんだろうか。


「明日にはつんやろ?」

「……そう見えるか?」

「にいちゃんはな。向こうの嬢ちゃんは居座る気満々そうだが」


 視線を追う。広場ではキャンプファイアーが炊かれ、丸太のベンチに腰掛けた女性陣が談笑している。中心にいるのはルナだ。


「何か目的があって来たんやろ? 先生の頼みだ。頼りにしてええぞ」

「そうか。それじゃ遠慮無く」


 当初の目的は図書館、あるいはそれに類するものの確認だったが、俺は違うことを訊く。


「チャージというスキルがあるんだが、どうやって生かすか知ってるか?」


 ルナが離れている今だからこそ訊けることだ。


 知識も重要だが、それ以前に俺自身の強さが最重要である。

 しかし俺は魔法の才が壊滅的だし、冒険者としても至って平凡。第三級であろうルナの水準に至るのでさえ、あと何年かかるんだという話である。

 正直待っていられない。


 一方で、俺にはただ一つだけスキルがあった。ルナにも秘匿しているスキル――『チャージ』である。

 何やらダメージを溜めるスキルのようだが、使い道がさっぱりわからずにいた。


「そんなことも知らないのか? 解放リリースだよ」

「リリース?」

「にいちゃん、人間爆弾でもつくる気か?」

「人間爆弾? 悪いが俺は籠もりっぱなしだったんでな、一般常識には疎いんだ」

「……」


 ゴロアの訝しむような視線を横顔でスルーする。


「まあいい。チャージだが、単体では役に立たないスキルだといわれている。リリースとセットで使うんだ。チャージで溜めたダメージを、リリースで放出する――」


 名前から想像はできたが、やはりか。


「実用例は?」

「ほとんどねえんだよ。チャージの制約がカスすぎんだ」


 チャージで溜めた分の維持は難しい。なんたって他の魔法を使うか、回復を受けるかしただけで消えてしまう。

 たしかに使いづらい、というか溜めづらいよな。

 


 そう、実は俺、既にチャージを発動しているのである。


 チャージを手に入れた日の夜、ルナが水浴びに行った隙を突いて発動した。以来、一度も解除していない。

 蓄積したダメージだが、俺の脳内に数字として流れ込んできている。どうも日常生活で生じる軽微な負担もすべて溜めるらしく、常時数字が流れてくる状態ではあるのだが、もう慣れた。


 俺は他の魔法を持たないから、この蓄積が消えることはない。

 回復についても、以前ルナから魔法を受けたり、もらったアイテムを使ってみたりしたが、消えなかった。


 どこまでバグが絡んでくるかは不明だが、今のところ、都合の良い方向に働いてくれている。

 このチャージを、ひ弱な俺の武器にしたいんだ。頼むぞゴロア。


「唯一の例が人間爆弾さ」

「物騒な響きだな」


 ゴロアが言うには、チャージもリリースもアイテムで簡単に習得できるそうだ。といっても既存の魔法やスキル一つを潰す形になるそうだが。

 通常、こんなゴミスキルをあえて習得する物好きはいないが、人間爆弾となると話は別。


 人間爆弾とは、頑丈な人間にチャージとリリースだけを習得させ、チャージを発動させてダメージを溜めておくことだ。

 溜めたダメージはリリースすることで放出できる。

 人間爆弾に人権は無い。ただダメージを蓄え放出するだけの、文字どおりの爆弾――武器として扱われる。


「えげつねえな……」

「もっと胸くそ悪い話をするぜ。今は人間爆弾なんてほとんど使われちゃいねえ。普通に実力者を雇ったり、武器や道具を使った方がてっとり早いからな」

「ならなぜ」

「遊びさ。奴隷や囚人に習得させるんだよ。リリースは言わば希望になる。ダメージを溜めたら脱出できるかもしれねえ、倒せるかもしれねえ――そう思わせるんだ。それで必死に痛みに耐えたり、殴り合いをしたりするそいつらを見て楽しむわけさ。他にも拷問として使われるケースもある」


 酒を飲みながらする話でもないな。いや二度としたくない。

 しかし、こういうことをさかなにするクズは存在する。前いた世界でもそうだった。部下をいじめることに生き甲斐を見出す奴とかな。


「暗い話はこのくらいにしよう。単刀直入に言うが、俺はリリースが欲しい」

「……理由を訊いても?」

「……」


 嘘をつくのは上手じゃない。俺が黙秘を決め込んでいると、


「マインスイーパ」

「は?」

「もう一問つくってくれねえか? とびきり難しいやつだ」


 ゴロアもいたく気に入ったようだ。


 詰めマイン。俺が村人に教えた遊び方である。

 マインスイーパの盤面をつくり、解ける程度にマスをオープンにした状態にしておく。これを問題と呼び、他の人に解かせるのだ。

 詰めマインであればアナログな道具でも遊べる。村人は早速数字の入った板をつくって遊んでいた。


「板は余ってんのか?」

「ぼちぼち寝る奴も増えてくる」

「わかった。つくろう」

「交渉成立やな」

「ああ。ありがとう」


 無闇に踏み込んでこない心遣いがありがたかった。






 プレハブの一つに案内され、トランプのような薄いカードを渡された。


 スキルカード。

 カードに書かれたスキルを『交換』によって習得するものだ。つまり、習得済のスキルを一つ潰すことで、カードが記すスキルを手に入れる。

 ダメじゃねえか、と思わずツッコミを入れると、「三個までは交換無しで習得できる」的なことを返された。憐憫の眼差しつきで。


 カードに口づけをすることしばし。

 チャージを手に入れたときと同様、頭の中に説明が流れ込んできた。


 リリース。

 チャージによって蓄積したダメージを指定割合だけ放出するスキル――。


 詠唱が少し煩雑だった。

 整理すると、二段階を踏むことになる。


 まず第一段階では『リリース』で始まり、割合を指定する。

 指定方法は分母である。たとえば一パーセントなら『100』、五十パーセントなら『2』という風に、何分の一の何にあたる数字を言えばいい。

 ちなみに省略した場合は『1』――つまりはフル放出だ。


 ともあれ、これで放出量が設定される。

 第二段階では『オープン』と唱えるのみだ。唱えたら、設定した分の割合で放出される。

 初期状態デフォルトでは人差し指から放出するようだが、訓練次第でコントロールできるらしい。


 訓練と言えば、詠唱自体もそうか。

 ルナの講釈を思い出す。



 ――技には魔法とスキルがあるんです。


 ――どちらも詠唱という手続きによって発動できます。


 ――魔法は口頭詠唱と言って、原則として口ずさまないと発生しません。スペルを間違ったり発音が不明瞭だと失敗します。


 ――スキルは詠唱方法が様々で、無詠唱、受動発動、口頭詠唱など色々あります。



 理想は無詠唱だが、はてさて。


 他にも『キャンセル』で第一段階からやり直す、『チェック』で現在の放出割合を確認する、などが使えるようである。


 至れり尽くせりで助かると俺は思ったが、ゴロア曰く、煩雑すぎて話にならないとのこと。

 通常、規模の指定は人が手を伸ばしたりパンチの加減を調整するように感覚的に行えるべきであって、このように形式的な手順も踏むものは総じて発動速度が遅い。訓練すれば速くもできるが、感覚的手順のものと比べると割に合わないそうだ。


 ゴロアの懸念は追々対処するとして。

 これで火力が手に入ったな。


「にいちゃん。明日朝までに頼むぞ」

「……ああ。吠え面かかせてやるよ」


 ゴロアはカードを行使する俺をしっかりと見届け、俺の質問にも丁寧に答えてくれた後、自分の寝床――ここはゴロアの事務所らしい――に戻っていった。


 乱雑な机の一画を見る。1とか2とかXなどが描かれた手の甲サイズの板が散らばっている。


「さあて。やりますか」


 バグってる俺の集中力を思い知るがいい。

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