第4話 理不尽3
この異世界に宇宙は存在するか。
答えは得られなかった。代わりに停止を得た。
何かにぶつかったのではない。銃弾が磁力でピタリと止められたかのような、そんな止まり方だ。
当然ながら慣性は残る。マッハをはるかに超えるスピード――冗談抜きでマッハ10くらいは出てたと思う――からの急停止だ。無事であるはずがない。
「無事なんだよなぁ」
発生する衝撃波。爆音。
どうやら雲海をすべて吹き飛ばしたようで、鮮やかな青色が視界一面に広がった。
下界を見てみると、大陸と海が見える。もはや地図だ。建物はおろか、街の判別さえつかない。
そんな俺だが、なぜだか浮いている。
「ほむ。これはなんだほむ?」
背後から声がした。
体は動くので振り向いてみると、何かが二人――なのか二匹なのか、とにかく二体ほどいた。
「人間のようだもく」
「二人がかりでようやくだったほむ。信じられないスピードだほむ。まともに受け止めたら死んでいたほむ」
「もくもく、どうするもく?」
羊を擬人化したらこうなるのだろうか。
その全身は白くもこもことした毛――というより綿のようなもので覆われている。顔面はずいぶんと童顔で、そこだけ切り取れば子供のようだ。
身体は大きく、二メートルくらいはありそうだが、とても軽いらしい。ぷかぷかとクラゲのように浮いていた。
「イレギュラーすぎて見当もつかないほむ」
「長老にバレたら事だもく」
「殺すほむ」
「異議無しもく」
何やら物騒な話をしているが、願ったり叶ったりである。あのスピードを容易く止めたのだから、相当な力量のはず。
魔王が言っていたコットンマンとやらは、十中八九こいつらのことだろう。
「最期の言葉はあるかほむ?」
もこもこ星人ことコットンマンの一人が構えた手から、バリバリと電気が
それにしてもコットンマン、ねぇ……。コットンというと綿か。まんまだな。
「ないほむね。消し炭になるほむ――【サンダーボルト】」
直後、一瞬で失明するであろう眩しさの暴力を浴びたかと思うと、全身がびりびりと痺れた。電気風呂みたいな気持ち良さだ。
雷だろうか。脳内に響いてきた数字はやはり桁外れだったが、魔王の時とは別の数字が特に大きい。
魔王の攻撃がニュートン的な力だとしたら、こちらは電力といったところか。
「む、無傷……ほむ?」
「も、もも、ももも、これは長老案件だもく!」
コットンマン達が顔面蒼白になっている。俺が片手を挙げてみると、びくっと震えた。
「なあ。ちょっと訊いていいか」
「油断するなもく。精神干渉魔法かもしれないもく」
「ぼくたちには効かないほむ」
「油断するなもく! これほどの人間、見たことがないもく! サンダーボルトは万物を消し炭にする秘技。イレギュラーにも程があるもく!」
「あの、ちょっと……」
俺はもう自分の能力を疑っていない。
だからといってホッと一息つくわけにもいかないのだが。
俺は死にたいのである。死ねないのなら、死ぬ方法を探さねばならない。
幸いにも強そうな生物が目の前にいる。
まずはできる限りの情報を引き出し、あわよくば他の攻撃も打ち込んでもらいたい。
「ちょっとだけ話を……」
「もう一度ぶちこむほむ?」
「ダメだもく。ダメージの痕跡がないもく。ゼロに何を掛けてもゼロだもく」
「なら撤退するほむ?」
「もくもく、そうするしかないもく」
ほむだのもくだの無視しないでくれ。いいから話を聞いてくれま――
「撤退だもく!」
「ほむ!」
せんかね……という俺の声は虚しく、もくもくズは煙のように消え失せていた。
「瞬間移動の使い手多すぎないか? いや高速移動かもしれんが……」
耐久力は神懸かっている俺も、どうやら他のステータスは人並のようだ。
もっと言うと動体視力とか、あと魔力とかか? 魔王もそうだったが、奴らの動きがちっとも見えない。
「なるほど興味深いのぅ」
「うぉっ!?」
急に耳元から声がして、俺は思わずのけぞった。
振り返ると、さきほどとは別のもこもこ星人。
「今度はだいぶ顔が老けてるな」
「失敬な。落とすぞぃ?」
大財閥を牛耳ってそうな粛然とした顔つきが睨みを利かせてきた。コットンマンは童顔、というわけでもないのか。
「どうぞ落としてください。これ以上ないくらいに全力を込めて攻撃していただけると幸いなんですが」
「……ふん。無駄な鉄砲は撃たんよ」
「それよりこれ、どうやって浮かせてるんです? 魔法?」
この老人コットンマンはたぶん長老と呼ばれる存在だろう。話が通じそうなので、少しでも情報を引き出したいところだ。
「磁力じゃよ。生物にはマグネという磁力成分が含まれておる。個体ごとに固有のな。おぬしら人間も例外ではない。そして我らは電気に長けた種族であり、任意のマグネを発生させることができる。ゆえに万物を引き寄せ、また引き離すことができるのだ」
俺が知っている理科の知識とはだいぶ違うが、気にしないことにした。
どうせすぐ死ぬ。知的好奇心など二の次だ。
「――なるほど。あんたらの移動は高速移動か」
「左様」
と言いつつ、答え合わせをしてしまう俺。
飛んできた俺を止めるくらいだから、さぞかし強力な電磁力を発生させられるのだろう。それこそ地上の生物を狙い撃ちして、ここまで引き寄せるくらいのことはやってのけるに違いない。
これを応用すれば、俺というマグネから瞬時に距離を置くこともできるはずだ。たぶん。
……ああ、いかんな、あれこれ考えてしまう。
好奇心。知りたいという欲求。考えたいという意欲――
こいつらは強敵だった。前いた世界でも、俺の自殺を幾度となく阻んできた。
こっちでも厄介になりそうだな。心を鬼にするべきだろうか。
長老は
「それほどの力がありながらそんなことも知らんとは。どこぞの引きこもりを思い出すわ」
「引きこもりじゃねえよジジイ」
長老の真横にパッと何かが現れた。俺を投げ捨てた魔王本人だ。
姿が現れる前に声が聞こえてきた気がするが、それも魔法なのだろうか。やはり知らないことが多すぎる。
「やはり貴様の仕業であったか」
「んなこたぁどうでもいいんだよ。コイツ、何者なんだよ?」
「ワシが知るわけなかろう。部下にでも調べさせい」
「部下なんていねえよ。魔人族にヒエラルキーはねえっつってんだろうが」
「貴様の組織論など知らぬわ」
宙に浮かされたまま放置される俺。
「何者かはどうでも良い。さっさと始末すれば良かろう」
「それができねえから丸投げしたんじゃねえか」
やっぱり丸投げしてたのか。「いいだろう、見せてやる」とか言ってたくせに。
「貴様でも殺せない存在をどうしろというんじゃ? こやつはサンダーボルトも効かんのじゃぞ」
「マジかよ……」
もこもこ長老と魔王は顔を見合わせ、揃って俺を見てきた。
俺に怯えているわけでもなければ、怖れているわけでもない。困惑の色だ。
「竜人に頼んでドラゴンファイアを浴びせてみるか?」
「馬鹿者が。このような存在、あやつらに知れたら事じゃぞ」
「だろうなぁ」
俺は成り行きを見守ることしかできなかった。
にしても知らない単語が多い。どこかで勉強する必要があるだろう。
おそらく俺は簡単には死ねない。もっとこの世界の情報を知るべきだ。
パッと思いつくのは図書館か。あると良いんだが。
その後も二人は俺を無視して色々と話し込み、やがて――
「――それで良いな?」
「ああ。やむを得ねぇ」
魔王の手が伸びてきて、俺の手首を掴んだ。
ちなみに会話内容はわからなかった。魔法なのか明らかに遮断されていた。
角度的に読唇術も無理だった。そもそもそんな心得ないしな。
「テメエは見なかったことにする。縁があったらまた会うだろうぜ。会いたくねえが」
「おぬしが世界に災いをもたらさぬことを祈っておる。どうか慎ましく生きてくれ。何ならダンジョンに潜るといい」
「ふざけんなよジジイ。こんな怪物、死んでも願い下げだぜ」
訳も分からぬまま、俺は下界へと投げ飛ばされるのだった。
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