第3話 理不尽2

「さあどう来るよ? この魔王をどう攻め立てる!?」


 魔王のテンションが高い件。

 押し倒されているような格好だ。顔が近い。圧が強い。暑苦しい。


 とりあえず身体を傾けてみると、案の定、俺は突起に支えられていたようで、落下した――って結構高いな。数秒の後、どんと頭から激突。痛みは無かった。

 起き上がると、魔王も地面に降り立っていたようで、改めて目が合う。

 

 一見すると人間の範疇には収まっている。正直魔王という名前には負けていて、せいぜい筋トレガチ勢の高身長イケメン俳優か、イケメンすぎる格闘家とかいった人間にしか見えない。地味にイケメンなんだよなぁ。

 格好も黒の半袖半パンで、なんていうかジム行ってました感が満載だし。


 しかしながら、これが魔王だと確信できる何かが嫌というほどに伝わってくる。

 威圧感? 殺意? 魔王の言葉を借りるならオーラというやつだろうか?


「その人間のような緩慢な動き。オレを油断させる芝居か? カウンターを狙ってんのか?」


 狙ってないですし、ただの人間です。たぶん。


「あの。さっさと殺してくれませんかね」


 業を煮やした俺は、とりあえず懇願してみる。


「……」

「俺、死にたいだけなんで」


 魔王はしばし無表情だったが、間もなくニィと表情を歪めた。


「それほどの実力がありながら遠回しの命乞いか。全く意味がわからねえが、なるほどな。あえて意味が分からない振る舞いを行うことで揺さぶろうって魂胆か。新しいぜ」


 違いますってー……。


「残念ながらオレに心理戦は通じねえ。心理戦っつーのはな、同格の相手を出し抜くための小細工なんだよ」

「だから、あの……」

「オレとテメエが同格? 笑わせるな。オレは魔王――アレに次いで強い存在だ」


 瞬間、魔王が俺の目前に出現する。

 ゲート、テレポート、ワープ――そういう魔法だかスキルだかがこの異世界にもあるのだろう。さっきコイツも少し話してた――いや違う!? 速すぎて見えなかっただけだ。


 周囲が

 それほどの衝撃波が発生した――つまりはそれだけのスピードで距離を詰めてきたということだ。


 地面を失った俺が落ちることはなかった。がっしりと魔王に頭を掴まれている。

 既に何十トンという握力が込められているようだった。相変わらず何ともないが。ただただ脳内に負荷の情報が数字として流れ込んでいる。


「我が奥義を食らうがいい。竜人王りゅうじんおうの牙さえも砕く握力――【グラスプ・メガトン】」


 直後、視界が真っ赤に染まるとともに、頭に流れ込んでくる数値が激増した。

 桁も一桁二桁どころじゃない増え方をしている。そこらのゲームだと二等分してもカンストしそうな長さだ。


 メガトン――百万を意味するメガに、千キログラムを意味するトン。

 単純計算で十億キログラムである。たしか核兵器の威力を表す単位だったよな。


 視界が回復して、……は?


 は?


 思わず口が開いた。傍から見るとあんぐりと開いていることだろう。


 消えている。何もかもが。


 壁も、地面も、粉塵も。

 おそらくは空気中の分子さえも。


 だからなのだろう、俺が発した声は、俺の耳に届いていない――真空というやつか。知らんけど。


 とりあえず何をされたかはわかった。


 俺は頭を握り潰されたのだ。

 推定十億キログラムで。


(なあ魔王さんとやら。これで終わりなのか?)


 挑発が口をついて出た。声は出なかったけども。


 恐怖心? そんなものは微塵もない。

 あるのは絶望だけだった。


 この異世界における魔王の強さは折り紙付きだろう。そんな存在が奥義なるものを繰り出してきた。

 それも十億キログラムとかいう人外めいた必殺。たぶん地上はえらいことになってんぞ。


 それでも俺は死ななかった。


 こんなことがあるだろうか? こんな仕打ちがあるだろうか?

 こんなものはチートなんかじゃない。呪いだ。

 世界ゲーム自体の不具合バグという、どうしようもない絶望。


 なんでだよ。俺が何をしたってんだよ。

 俺はただ死にたいだけなんだぜ?


「くくくっ……ハハハハッ! いいねぇ、こんな屈辱は久々だ! いいだろう、見せてやる」


 そんな俺に構わず、魔王は嬉々として俺を振り回している。

 文字通りに。タオルを回すかのごとく。

 声が聞こえるのはなぜだ、などと思っていると、ぴたりと急停止した。がくんと全身が揺れたのもつかの間、「【テレポート】」視界が一瞬で切り替わった。


 拓かれた景色だった。

 空は青く、周りも青々としている。水平線が見えそうな大草原だ。

 ダンジョンの外に瞬間移動したのだろうか。


 魔王はというと、相変わらず俺の頭を掴んだままで、何やら振りかぶっている様子。


「燃え尽きるか、綿人コットンマンの餌食になるか。消し飛ぶが良い――【ロケットスロー】」


 瞬間、俺は射出された。


 衛星写真をズームアウトさせるかのように地面が遠のいていく。風圧がすごい。

 いくつかの都市と大自然が見えている。風圧がすごい。

 雲に入ったのかあたりが真っ白になった。風圧がすごい。


 このまま宇宙にまで吹き飛ぶのだろうか。

 そもそもこの異世界に宇宙は存在するのだろうか。


 答えは得られなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る