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スマホを受け取った佳織は、細い指先をすいすいと動かして花を大きくしたり小さくしたりしている。そういうのに疎い私でも可愛いと思うような、小さなブーケみたいな花だった。
南米の少し寒い地方に特有の原種を数系統持って帰ってきたのは、私よりも五年上にあたる先輩だった。
先輩は三年前まではアルゼンチンで駐在員をやっていたけど、私の入社の前年に帰国をして、そのまま研究チームに入った。だから、年は結構上だけど、なんとなく年数でいえば私の一つ上のような気がする、不思議な先輩だった。
はじめ、その「花言葉」という大役を任されそうになったのは先輩だった。だけどその先輩が「えー、あたしそういうセンスないし。圭ちゃん頼む!」と言ってきたので、私に御鉢が回ってきたのだ。
原種を持ち帰り、研究で熱心に遺伝子を弄り、やっと完成にまでこぎつけた立役者だというのに、その辺りを他人に任せてしまっても平気なのは、私とよく似ているような気がした。
「でもさー。私、そもそも花言葉ってあんまり好きじゃないんだよねー」
机に突っ伏しながら愚痴をこぼすと、佳織は「もう一本、アイス食べる?」と聞いてくれた。腕に顔をうずめたまま頷くと、十数秒して、こつりと冷たいものが頭に当てられた。
「だってさ、花言葉って抽象的すぎるじゃん。バーナム効果みたいなもんなんだよ。強くてロマンチックな言葉だから自分だけに向けられた言葉だって思い込むけど、実際はだいたい何パターンかしかない気持ちに適当な言葉を当てはめてるだけなんだし」
「バーナム効果って言葉、圭はよく言ってるよね」
佳織は、そう言って苦笑した。
バーナム効果は、占いやら偽物の心理テストなんかを「当たった!」と感じてしまう心理現象のことだ。誰にでも該当するような曖昧な記述でも、そうだと思い込みたい人が見れば「私だけにぴったり当てはまっている」と思い込んでしまう。脳内にかかった安っぽい色セロハンの眼鏡が、そういう風に見せてしまうのだ。
「私は、そういうのに騙されたくないから。だってさ、誰にでも当てはまるようなこと言われているのに「私のためなんだ」って思いこんじゃうの、なんかバカみたいじゃん」
丸めたアイスのビニールを放り投げると、ゴミ箱の縁に弾かれて外れた。
リバウンドを拾ったのは佳織だった。ゴミ箱に捨てるでもなく、私にもう一度ビニールを渡して寄越す。私がこういう自分ルールのゲン担ぎをしているのを、馬鹿馬鹿しいと言いながらも尊重してくれているのが優しい。
二度目のスリーポイントシュートは、ゴミ箱のリングに当たって、ころりと中へ転がり落ちた。
「でもさ、圭は結構こういう自己流占いみたいなの、好きじゃん」
「全然違うよ。誰かの決めた言葉が自分だけのためみたいになるのと、私が私を試すのは全然違うことなの」
全然違う。私の気持ちを、だれかの考えた広く誰にでも当てはまる言葉で代用してしまうのは、なんだか不誠実だと思う。伝えたいことがあるのなら、花言葉なんてお洒落なだけのまやかしに頼らないで、自分の脳みその中にあるイメージを誤差のないように最大限気を配って言葉にするべきだ。
「でもさ、そういうのに騙されてあげるのが占いの楽しみ方なんだと思うよ。きっと花言葉もおんなじで、「自分にこの言葉をくれた」って思うよりは「自分にこの言葉を選んでくれた」って考えて、その余白を楽しむものなんじゃないかな」
佳織の言っていることは、また別の真実なのだと思った。花言葉を受け取るものとしての心構えというか、そういうもの。
だから、私の言っていることとは矛盾しない。
きっと佳織は花言葉を贈られる存在で、私は贈る存在なんだ。
そんな、根っから考え方の違う人間に気持ちを届けるのに、やっぱり花言葉は向かない。
誰かから誰かへの想いなんて、人と人の組み合わせの数だけ無数に種類が存在するはずで、それを花言葉なんて曖昧な言葉だけで済ませてしまうなんて。気持ちを、すでにあるものに形を歪めて伝えるなんて、私は好きじゃない。
むっつりと黙り込んでしまった私に、佳織はふっと笑いかけた。こういう時の佳織は、優しいけれど一切折れることはない。
花の写真から、それなりで無難な言葉を考えるような器用さを持ち合わせているのに、その器用さは私には向けてくれない。
「それじゃ、こうしようよ。誰にでも当てはまるような言葉が嫌なんだったら、私に向けて花言葉を作ってよ。それだったら、なんだかできそうな気がしない?」
抗議の目を向けたけれど、佳織はそれを笑顔でスルーして、アイスの棒をゴミ箱に向かって放り投げた。棒は、奇妙な角度で端っこに当たって一度跳ね上がり、ちょうど縁にまたがるような形で静止した。
「えっと……こういうのは、圭の占い的にはどうなの?」
私もアイスの棒を放り投げる。ゴミ箱に入りそうな軌跡だったけれど、佳織の棒に当たって、二つともゴミ箱の外にはじけ飛んだ。
「二人とも、明日は気を付けましょう、かな」
深刻な顔を作ってそう告げると、佳織は「なにそれ」と笑って、私もなんだか可笑しくなって吹き出してしまった。
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