産まれたのは、私の方が一年早かった。

 なんだかガサツな性格の私は、良くも悪くも佳織の前に立つことが多くって、それが原因なのか、私と対照的に佳織は少し内向的な性格に育っていった。


 いや、逆なのかな。佳織が内向的だから私がガサツに――いや、わかんないや。そんな卵が先か鶏が先か、みたいな話。

 私たちはもっと、ぐちゃぐちゃとお互いに影響を与え続けてきたのだろうから、どっちが先みたいなことを考えるのは、不毛というものだ。


 そんな風にして一段の差を守りながら、小、中、高と順調に同じ学校に通い続けた私たちだったけど、分かれ目は、その先にあった。


 私はどうも理系科目が得意で、佳織は文系科目が得意だったのだ。それで私は地元の公立大学の農学部に進み、佳織は一浪を経て同じく地元の教育大学に進学した。

 二段差になった階段だったけど、私はさらにそこから大学院で二年間勉強をしたので、結果、二人仲良く同じ年に社会という荒野に放り出されることになった。それが去年のこと。


「はいよ。これでいいのかな?」


 採点の終わった束を佳織のところに持っていくと「ありがと。そっちの束の横に置いといて」と応じた。

 背中越しにそっと手元を盗み見ると、私と同じ量の採点をしていたはずなのに、佳織はもう得点計算に入っていた。計算は私の方が速かったはずだけど、やっぱり、一年以上も同じ仕事を続けていると慣れてくるのもなのだろう。


 佳織は文系が得意だから国語の先生になって、私は理系が得意だからこの仕事を選んだ。そのはずだったのに、お互い、得意分野でない仕事を振られることがあるというのは、なんだか世知辛いものがあった。これが社会の荒波か。


 それでも、振られた仕事に慣れている佳織の方が、私なんかよりもよっぽど偉く見えた。


「終わった……!」


 佳織はペンのお尻の方からキャップをきゅぽんと抜いて、ついさっきまでは新品だったはずなのにすっかり使い古した風になってしまったペン先に蓋をした。


 スマホのスピーカーで第九を合唱していた人たちは、指揮者の指示を無視して、佳織の指先に従って声をぴたりと止める。

 そのままもぞもぞと這って冷凍庫に移動しようとする佳織をジェスチャーで押しとどめて、アイスをとってきた。箱入りのソーダのやつを、私のを合わせて二本。


「うわーっ、助かった。ほんとありがと」


 仰向けになってアイスを咥えた佳織に、心の中で「あんたも十分行儀悪いぞ」と突っ込もうとしたけど、それを遮るようにして佳織はふがふがと言葉らしきものを発した。


ほれれそれで、圭のおーひようじは?」


 アイスの袋を開けると、佳織が手を差し出してくれた。ありがたくその手に剥いたビニールを乗せると、佳織は自分の分と合わせてゴミ箱に放り込んだ。


「実はさ、まだこれは社外秘なんだけど今度新しい品種が発表になるんだ」


「へぇー。この前言ってたシリーズのやつだよね。結構早かったね。そういうの、もっと長くかかる印象だった。でも、それがどうかしたの? もしかしてチーフの人になにか隠してたの? 報連相ホウレンソウは大事だよ?」


「いや、そういうわけじゃないんだけど、ちょっと面倒な仕事押し付けられちゃってさ。それで佳織の手を借りられたらなーって」


 そう拝んでみると、佳織はきょとんとした目を私に向けてきた。


「えっ。私、植物の知識とか全然ないよ。バイオテクノロジーとか、聞いただけでちょっと怖いくらい」


「あはは。研究に関係することならさすがに私の方がわかるよ。じゃなくってさ、研究に関係ないセンスが求められてて。でも私、そういうのホント苦手でさ」


 自分で「植物の知識とか全然ないよ」と言っていたのに、そこに期待はしていないと言ったらむくれるのは相変わらずだった。それでも「佳織の方がセンスとかはあるじゃん」と付け加えると「私、レインウェアじゃなくって傘派だからね」とまんざらでもなさそうだ。


 でも実際、私にはないセンスみたいなものを、佳織は持っている。それは決して僻みとかじゃなくて、ただ、私になくって佳織にあるという、それだけの話。反対のこともあれば、どっちも持っていたり、どっちも持っていなかったりするだけの。

 そうやって私たちは、なんとなく足りないものを補い合って生きてきた。


「で、センスある私にぴったりのハイソな仕事って?」


「ああ、そうそう。実は、新しい品種のイメージブランディングに花言葉を使おうってことになってさ」


 スマホの画面に密集するように咲いている花の写真を表示して、佳織の方へと机の上を滑らせる。同じ株からいろんな色の花が咲くのが特徴の、新しい品種だ。


「それで、私になにか考えてこいって。無茶じゃない?」


 それを聞いた佳織が「あー……確かに圭にそんなこと頼むのは無茶かもね」なんて言いやがるので、アイスの棒を投げつけてやった。

 自分で言っておきながら同意されると怒るのは、私も佳織も同じだった。

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