第4話 幽霊

 事務所の時計が8時を少しまわり始めた。

 外から『チッ、チッ』と言う鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 その声がきっかけの様に、茜がテーブルの上にあるリモコンのスイッチを入れた。

 すぐに軽快な音楽が流れ、男のキャスターと女子アナが映し出された。

 気持ちを少しでも切り替えようとして宇田川が言い出した。

「この番組長く続いているよなぁ。男のキャスターを若い時から見てるけど、だんだん太めになっていくわ。俺と一緒。でも可愛い女子アナを2・3年おきにとっかえひっかえで羨ましい」

 全く男は同じことしか考えない。

 人はそれぞれ。

 京子には京子の見方がある。

「見て見て、こっちの女子アナは綺麗な上、優秀なのよ。でもバツイチで私と一緒。駆け込みは電車も結婚も危険なのよぉ。偏差値関係なし」

 ニュース内容よりは先ず人間観察だ。

 それにゴシップというスパイスが入れば文句なし。

 茜の興味も似たようなもんだ。

「あたしは、違うな。左にいる男のアナが好み、暖かそうで。このくらいの年の差だったらOKかな。久々付き合ってもいいよ。最近まったりしてないし」

 テレビの見方なんて大体こんなもんだ。

 それぞれに好き勝手な事を言っている内に日常の休憩時間の様になってしまった。


 すると画面が変わり、まず旅客機が映され次に葬儀会場が映し出された。

 それを合図に女子アナがニュースを読み始めた。

「13日和歌山県、地の島沖に不時着したオリオン航空302便で亡くなられた3名の方のご葬儀が高松市内にありますセレモニア共済会館で昨日19日の夜、しめやかに営まれました。3名の方は、偶然にも同じデパートにご勤務される方同士で業務出張等で東京から高松に帰る途中、事故に会われたものです。お名前を申し上げますと星越百貨店、高松店服飾雑貨部、ファッションパーツ売り場にご勤務される宇田川洋介さん48歳、同じく坂本京子さん38歳、同じく加藤茜さん22歳の3名の方々です。星越百貨店としては、亡くなられた方々が一緒の職場という事から会社合同葬の形で執り行なう事としました。心からご冥福をお祈り申し上げます」

 暫く葬儀会場と会社同僚のインタビューの後、画面はメインキャスターに代わった。

「航空機事故って言うのは、いつ聞いても痛ましいですね。それにしてもこれだけの事故でありながら、この3名の方々を除いては乗客・乗員、全員がほぼ無傷で救助されたと言うのは奇跡と言っても過言ではないでしょう。そう考えますと、それにしても3名の方々はちょっと運が悪かったとしか言いようがないですね。ホントニ。早く原因が究明されて今後の空の安全に活かされると良いのですが。はい、では次スポーツいきましょう」


 3人は、思いもしない展開に口がきけない。ポカンと口を開け画面を見つめるだけである。

 画面はCMに変わり、軽くコミカルな音楽が流れた。

 ポテトチップのCMだ。

 宇田川が思わず立ち上がった。

「オイ、ポテトチップちょっと待てよ。何が『はい、では次スポーツいきましょう』だ! 何が『ちょっと運が悪かった』だよ。そんな簡単に終わらせるなよ。冗談じゃない! もうちょっと詳しいことあるだろ!」

 茜がひとごとの様に話し始めた。

「昨日が19日と言う事は、今日は20日で火曜日か。成る程、そう言う事か。まぁ、いいや。ところで京子さん、販売促進部の岩田部長映ってたわネ。テレビに映っちゃってなんか少し嬉しそう。それから、恵子さんと沙織さんが受付けしていた」

 京子も同感だ。

 テレビに映ると馴染みの場所や人でも客観的に見えてくるから不思議だ。

「岩田さん相変わらず調子の良いこと言ってたわねぇ。今まで私たちの売り場に『そんなんじゃ利益が出ない』とか『販促予算がつけられない』とかさんざん文句言ってたくせに『社の明日を担う人だった』とか『お店にとって大打撃だ』とか良く言うわよ。化けて出てやろうか。美恵子と沙織も受付でいい味出してたじゃん。葬式の受付、上手いわ。人生経験生かして悲し気な雰囲気良く出してる」と、妙な評論も加えた。

 現状認識と緊迫感が全く感じられない。

 その様子を見て宇田川は唖然としている。

「お前ら、何だかゼンゼン理解してないんじゃないの。テレビ見てたんでしょ、アータ。あれ見て何にも感じないの? あれワシらの葬式なのよ。つまり死んじゃてる訳。分かる?」

 茜が不満そうな顔で答えた。

「そりゃ、あたしだって分かるわよ。だけど北斗の拳じゃあるまいし、いくら『お前はもう死んでいる』って言われたって現にこうして生きている訳だし、女は現実的なのよ。ねェー京子さん」

「あーら茜ちゃん、若いのに結構古いフレーズ知ってるわね」

「これね、お母さんの本棚にこの漫画のシリーズがあって、小っちゃい時から絵本替わりに読んでいたから。古いものも良いですよね『古きを訪ねて新しきを知る』温故知新って言うんですか? ねっ、京子さん」

「そ、そうね……。それくらいにしておきなさい」

 やや引きつった笑いになった。

 女同志の付き合いは、難しい。距離をおき巻き込まれないのが一番だ。


 宇田川は、『なんなんだよ、こいつら』と言って左手を壁について寄りかかった。

 その時京子が大声で叫んだ。

「大変! 宇田川さん左腕がない!」

 宇田川が左腕を見ると肩が直接壁についてそこから先がない。

「うわァー! 左腕がない、事故でなくしちゃったんだ。どうしよう、これじゃバズライトイヤーだぁ!」

 悲観に暮れている宇田川を横目に京子が茜に聞いた。

「バズライトイヤーって」

「ほら、トイストーリーのキャラクターですよ。おもちゃで腕の取れる場面があるでしょ」

「切羽詰ってる時にずいぶん古くて分かりにくいこと言うわね」

「温故知新だからぁ。よいしょっと」と言って茜が宇田川の右の腕を引っ張ると、左腕が壁からするすると出てきた。

「オッ、オー!こりゃ何だっ。いったいどうなってんだ。茜ありがとう、俺このまま左腕とオサラバかと思ったよ」と、いとおしそうに左腕をさすった。

「だって宇田川さん、さっきあたし達座らせるのに両腕振ってたし、頬杖もついてたじゃない、そのついてる左腕で!」

「テレビの事故映像で大怪我した気になっちゃてさ。俺ってマインドコントロールされ易いんだな。結構純粋なんだ。だまされない様に気をつけようっと。やっぱ人生って勉強だ」


 京子は宇田川と茜の会話を聞いてすっかり呆れ「アーア、なにやってんだろうね私たち」と言ってゆっくりと後ろにもたれかかった。

 今度は、茜が叫んだ。

「京子さん、頭がない!」

 今度は京子の頭が席の後にあるテレビ画面に入り込んでいた。

 宇田川が近づき京子の腕を引くと頭が抜け出てきた。

 今度は、宇多川が嬉しそうだ。

「どうだ、俺の学習効果は。学習効果は活かさなければ意味がない」

「アラ、私今どうなってたの? なんか廻りで電気がチラチラしてたけど」と、京子は訳が分からず頭を振っている。

「アンタの頭がテレビの部品になってた訳」

「あ、そう。道理でCM良く聞こえると思った」

 二人を見て茜は「あたしにも出来るかも」と気づいた様に言い、冷蔵庫の中を覗いた。

「ねえ、ねえ、中に缶コーヒーとオレンジジュース、コーラにウーロン茶。あとウマそうなブランデーケーキがあるわ」

「ナンカお前、環境になじむの早過ぎないか。それにドア開けた方が早いと思うけど」

「一人住まいの女は、環境に早く慣れないと生きていけないの」


 現実からどんどん離れていく。このままではただの茶飲み話だ。もう少し本質に近づいた方がいい。

「ちょっとさ、冷蔵庫の中身は置いといてこれどういう事? 腕が壁にめり込んだり。頭がテレビの中に入ったり。冷蔵庫の中を覗ける。まともじゃないよな」

 京子も頭が混乱してきた。自分たちの葬式を見た後そのテレビに頭を突っ込んでいた。

「いきなり超人に生まれ変わったのかしら?」

 茜も現実は受け入れたものの自分たちは一体何者なのか不安になって来た。

「誰でもいいから名前つけてくれないかしら。そうしないと落ち着かないよぉ」

 宇田川にはどうしても受け入れられない。もう少し本質に近づく議論か実証が必要だ。

「なあ、これって本当なのか? 集団催眠とか実は三人で夢見てるんじゃないのか?」

 茜はそれまで不満そうに「冷蔵庫」と、言っていたが急にニッコリして「じゃあさ、夢かどうか実験してみようか」と、軽く提案をした。

 「いいアイデアだやってみよう」と宇田川が調子を合わせると同時に「何すんだ! いてぇーじゃないか!」と悲鳴が飛んだ。

 京子と茜が宇田川の左右の頬を思いっきり抓っている。

「イッテェー、やりすぎだろこのヤロ!」

 抓った手をアルコールで除菌しながら京子と茜が「アー、すっきりした」とニコニコ笑っている。

「分かったよ。何で切羽詰まってる時に何でこうなるんだ。マッタク……」

 宇田川は身の不運を嘆いたが現実だという実証はされたようだ。

 そばでは、茜が肩を落としている。

「抓れば痛いし、テレビも死んだって言ってるし、あたし達、結局はお化けになっちゃた訳ェー。モゥー信じられない」

 京子が手を振って訂正した。

「いいえ、幽霊です。お化けって言うと一つ目傘とかろくろ首とか鬼太郎チックじゃない。幽霊だとなんかエレガントな感じでファッション扱っている私たちに相応しくない。だから私たちは幽霊。商品名は正確に」

 そんな解説されても、何の救いにならない。

 宇田川がテレビのリモコンを指差している。

「とりあえず、手がかりを増やそう。茜、テレビのチャンネル変えてみろ。なんかもう少し分かるかも知れない」

 茜がテーブルに放り出してあるリモコンでチャンネルを変えてみたが事故の報道はなかった。

 京子が思いついた様に言い出した。

「昔『びっくりテレビ』ってあったじゃない。ゲストをとんでもない事態に追い込んで、もうどうにもならないギリギリの所で扉がバァーンと開くの。そしてヘルメットかぶって『びっくりテレビ』って言う看板持ったスタッフが出てきて『すいません、すいません、実は。』なんて言うの。あれかな、でもまさかねぇ」

 と言った瞬間。事務所のドアノブが『カチャカチャ』となり少し軋んだ音と共に開いた。

 三人は『やっぱり、そうだったか』と思いドアの方を向きニタァーと笑った。


 入ってきたのは葬儀で受付をしていた、美恵子と沙織だった。クリスマス商品のレイアウト変更で早出をしたのである。

「おはようございます、早いですねぇ。クリスマスの品出しですかぁ」と言いながら宇田川たちと眼が合った。

 しばらくの間、微妙な沈黙が続いた。 

「ウダガワさん……」

「キョウコさん……」

「アカネちゃん……」

 ありえない現実は受け入れるのに時間がかかるがその分感動も倍になる。

 二人は向かい合うと大声をあげた。

「オバケェー!」

「違う、幽霊!」と、京子が手を振るのと同時にドアが乱暴に閉まり。

 二人はドタバタと出ていった。

 三人が再び顔を見合わせるとドアの向こうで何かに蹴躓き転ぶ音がした後、乱れた足音が次第に小さくなっていくのが聞こえてきた。

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