第56話 覚悟
気がつくと、リートの手には剣が握られていた。
そしてこちらに向かってきていたアイラは今どこにもいない。
――アイラは剣に変身したのだ。
そして、リートは剣になったアイラを、まるで導かれるように振るう。
――剣から光が溢れ出し、公爵の神聖剣を完璧に受け止める。
公爵は全力で押し切ろうとするが、先ほどまでとは全くパワーが違う。このままでは押し負けると悟って、後方に飛び去る。
「……バカな、剣竜だと……!?」
公爵は驚愕の言葉を漏らす。
――剣竜。
極めて珍しい――数百年に一匹現れるという、幻のドラゴンだ。
通常、ドラゴンは変化しても巨大化するだけだが、剣竜は剣に姿を変える。
主人の得物となって戦うのだ。
リートは、全身に魔力がみなぎってくるのを感じた。
今まで感じたことがない。
圧倒的な全能感。
公爵は、剣が放つ魔力に圧倒される。
――剣竜の噂は聞いていたが、まさかこれほど強力な魔力を身にまとうとは――!!
「――“神聖剣”!!」
今度はリートかが地面を蹴る。その勢いは先ほどまでとは比べ物にならない。
「――“神聖剣”!!」
公爵も再びそのスキルで迎え撃つが、やはり押され気味だった。
「くッ……!」
公爵は歯ぎしりして耐える。
一歩、二歩と後ずさりする。
そして体勢が崩れたその隙を、リートはすかさずついて、さらにもう一振りを浴びせる。それによって公爵は後方に吹き飛ばされた。
地面の上を転がり、痛みを――久しぶりのその感覚を――覚える。
公爵は立ち上がりながら、形勢が一気に不利になったのを悟った。
「――うぉぉぉッ!」
リートは渾身の力で“神聖剣”を振るう。
公爵は出せる最高の力で受け止めようとするが、やはりパワーが違う。
踏ん張りきれず、手から剣が弾かれる。
「――ッ!!」
リートはそのまま剣を公爵の喉元に突きつけた。
――勝負ありだ。
公爵も流石に敗北を認めざるを得なかった。
「……殺せ」
公爵は命を握られてさえ、毅然とリートを見てそう言った。
くぐってきた修羅場の数が違う。例え死ぬ直前でも、恐れをなすようなことはない。
それに対して、リートはまっすぐ父の顔を見る。
そして、
「……殺しません。然るべき罰を受けてください」
――もちろん、わかっていた。
どのみち王族であるイリスを殺そうとしたのだ。
死刑は避けられない。
しかし、リートには――それでも――自分の父親を自分の手で殺す覚悟がなかった。
――そして、それが勝敗を分ける。
公爵はわずかに、けれど明確に笑った。
そして――
「甘いんだよぉぉ!!!!!」
次の瞬間、リートを衝撃が襲う。
公爵は魔力コントロールで、自分が纏っていた加護の結界を爆発させて、リートを吹き飛ばしたのだ。
大した威力ではないが、公爵が態勢を立て直すには十分だった。
距離を取った公爵は、剣を拾い上げ、リートに向き直る。
「……背に腹はかえられん」
公爵は一つの決断を下した。
それは――自分の残りの人生を半分捧げるものだった。
「――――“神聖侵食”!」
次の瞬間、公爵の身体が狂気色の光に包まれた。
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