第55話 父との対決




「父上、なぜこんなことを……」


 突然イリスの前に現れた襲撃者。

 その正体は、他の誰でもない、リートの父親だった。


 絶縁され、他人として生きると決めたその男。

 だが、王女を襲うというあまりの暴挙に、リートはただただ困惑した。


「イリス様を殺せば、私は再び権力を取り戻せるのだ」


 父は口角を上げて息子に説明する。


 そして剣を抜き去り、息子を明確な敵として認識した。


 リートも震える手で剣を抜く。


 ――部屋の外で爆発音。


 敵はウェルズリー公爵だけではないようだった。

 ウルス中隊長とラーグたちが外で戦っているはず。


 つまり、助けは期待できない。


「悪いが、お前にも死んでもらうぞ」


 ウェルズリー公爵も剣を抜き去った。


 †


 ウルス隊長とラーグが駆けつけると、警備の剣士たちは皆殺しにされていた。


 そしてそこにいたのは――前東方騎士団長ランドルベン。そして、その元部下二人だ。いずれも騎士として上り詰めた強敵である。

 ウルスとラーグは剣を抜きランドルベンたちに対峙する。


「私がランドルベンをやる。お前は部下たちを頼んだ」


 ウルスが命令を下す。


「承知しました」


 ラーグは素直に従う。

 ランドルベンは、仮にも騎士団長に上り詰めた男だ。その実力は計り知れない。今のラーグでは勝ち得ないことは認めていた。


 もっともラーグも強敵の騎士二人を相手にしなければいけない。

 命をかけた戦いだ。


「――リート、イリス様を頼んだぞ」


 ラーグはそう呟いてから、敵に向かって剣を振りかぶった。


 †


 ――かつて幾度となく対峙した父。


 だが、その時はあくまで稽古だった。

 今は違う。


 ウェルズリー公爵は、息子を殺そうと剣を抜いている。


 ――先に動いたのは、公爵だった。


 鋭い一閃。


「“神聖剣”!」


 襲いかかる黄金色の刃に、リートは死の恐怖を感じ咄嗟に全力で迎え撃つ。


「“神聖剣”!」


 二人の神聖がぶつかり黄金色の火花を散らす。


「くッ……」


 途方も無い重圧がリートの全身を押しつぶそうとする。

 同じ技でも、重みが違う。


 わかってはいたが、やはり騎士団長に上り詰めた人間の力は圧倒的だった。


 リートは重圧に耐えかねて、後方に飛び去る。


 そして、それと同時に、魔法を放つ。


「“ドラゴンブレス・ノヴァ”!」


 極炎が息吹となって公爵に襲いかかる。


 だが、


「“神聖結界”」


 公爵はそれをいとも簡単に防いで見せる。炎は結界に阻まれ、天井に向かって弾かれた。


 爆発音と共に天井に穴が空く。


 と、公爵はその穴から屋上に飛び上がる。

 外の方が戦いやすいという判断なのだろう。


 リートもそれを追いかける。


 きらめく星々と月明かりに照らされて、公爵の剣が光る。


 リートは、屋上の地面を蹴った。

 今度はリートの方から速攻で仕掛ける。

 スキルを使わせる暇を与えない作戦。

 単純な剣戟勝負なら、若いリートにも勝ち目があるとの判断だった。


 ――だが、甘い考えだった。


 リートの攻撃を、公爵は軽々とさばく。


 どれだけ重みを込めた攻撃も、まるで鳥の羽とでもと戯れるように、簡単にいなされてしまうのだ。


「その程度か?」


 リートは、その挑発に焦りを感じる。

 自分の力は100パーセント出し切っている。

 だが、それでも全く通用しない。


 実力差がありすぎる。


「では、今度はこちらからだ」


 リートの攻撃を捌ききった公爵が、今度は反撃にでる。


 まずは一歩の踏み込み。

 そこから繰り出された剣を受け止めるリートだが、耐えきれずにギリギリと押される。


 そして、その痺れが残るうちに、さらにもう一撃。

 今度は一歩二歩と後ろに後退した。


 そして3回目の攻撃。


 それで決着がついた。


 リートは耐えきれず、自分の体の軸を見失った。

 それでゲームセット。


 リートの剣は甲高い音を立てて、後ろに弾き飛ばされた。


「くッ――!!」


 得物を失いもはやなすすべがない。


「さて、リート。これで終わりだ――」


 実の息子に死刑宣告を突きつける父親の顔に、けれど迷いはなかった。


 ただ冷徹な裁判官のごとく事実を告げただけ。


「――“神聖剣”!」


 公爵の剣が再び光る。


 もはやリートには防ぐ術がなかった。


 ――死ぬ。

 武人としての精神が、その事実を粛々と受け止めようとしていた。


 恐怖はなかった。


 あるのはイリスを守れなかったことへの後悔だけ。

 

 父親が振りかぶった剣が、スローモーションに見える。

 


 徐々に近づいてくる光の閃光――


 リートは目をつむることもせず、その事実を受け入れる――


 だが、その時だ。







「りゅっぅぅぅッッ!!!」




 突然の鳴き声。

 ――公爵の背後から、まっすぐ飛んできたのはアイラだった。


 仔竜は光をまとい閃光となってリートの元へと飛んでくる。


 その眩さに、リートは一瞬目を細める。

 そして――次の瞬間――


 ――――その手には剣が握られていた。

 

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