第57話 神聖侵食
「――――“神聖侵食”!」
次の瞬間、公爵の身体が狂気色の光に包まれた。
そして、次の瞬間、公爵の魔力が突然増したことにいやが応にも気づかされる。
その光景は、少し前にリートも見たことがあるそれに近い。
――そう、“狂化”と似ているのだ。
人間の生が奪われ、それと引き換えに力が増す。
だが、“狂化”と違うのは、公爵の精神は至って正常ということだった。
リートをまっすぐ見る目は、決して狂った人間のそれではない。
ただ、先ほどまでと鋭さが違うだけだ。
性質は変わらない。
だが力を得るには何かを差し出さなければならない。
では公爵は何を差し出したか。
それは――命だった。
彼は寿命を燃やして魔力に変換していた。
公爵は長年“狂化”を参考に研究をしてきた。同じような理屈で理性を失わずに魔力を狂化できないかと。
そして会得したのが、この“神聖侵食”だった。
精神の代わりに寿命を燃やす。その代償はあまりに大きいが、しかし権力を持つ以上、背に腹は変えられない状況は必ず来る。
今がまさにそれだった。
捕まれば死刑は確実。
それならば寿命を半分にしてでも切り抜けるしかない。
残りの半分が栄華に満ちているならば、半分くらいくれてやる。
「さぁリート。お遊びはここまでだ」
公爵は次の瞬間、剣を振りかぶり、一瞬でリートとの間合いを詰めてきた。
「――ッ!!」
リートはその一撃をとっさに受け止めるが、先ほどまでとは重みが全く違う。
アイラのアシストがあっても完全に力負けしている。
踏ん張ると、レンガの地面に足が食い込んだ。
ようやく受け止めたかと思えば、容赦無く次の斬撃。
万全の体制で迎えた一撃さえしのぐのがギリギリだったのだ。
次の攻撃が防げるはずもなく。
リートは大きく後退する。
そして、怯んだリートに公爵がトドメの一撃を放つ。
「――“神聖剣”!」
本能が叶わないと理解した。
だがそれでもできることは最強の一撃で迎え撃つことだけだ。
「――“神聖剣”!」
同じ技。
けれどその質は全く違う。
ぶつかったのは、
命を燃やした業火の光を放つ一撃と。
ただの一撃と。
結果は見えきっていた――
リートの放った神聖は、公爵の邪悪な光にあっという間に飲み込まれる。
剣を受け止めても、そこから漏れ出す魔力の威圧は防ぎきれない。
リートは歯を食いしばって、全身を刺すような一撃に耐える。
だが、ある瞬間、それにも限界がきて、そのまま後ろに吹き飛ばされた。
背中から落下。
全身が打たれて、呼吸ができない。
それでも公爵の放つ殺気だけは感じて――
目線だけなんとか公爵を見る。
――そこにあったのは父親のそれではもちろんなかった。
ただただ憎しみの業火に燃えたそれにリートは諦めを覚えた。
公爵はリートの方へとゆっくり歩み寄って来る。
「これまで、散々邪魔をしてくれたな。さすがは俺の血を引いているだけのことはある」
公爵はリートを見下しそう言った。
それが血を分けた息子に対する最後の言葉のつもりだった。
そして剣を振り上げて、リートの胴体に向かって振り下ろす――
だが次の瞬間。
「――――“魔斬剣”/“ドラゴン・ブレス”ッ!!」
公爵の背後から豪火に包まれた鍛鉄(たんてつ)の一撃が振り下ろされた。
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