第42話 圧勝



「それではこれより、小隊長任用試験、リート組とランド組の試合を始めます」


 審判の騎士が宣言する。


 闘技場でリートたち四人は四角形に向かい合う。


 リート・シャーロット陣営。


 ランド・ジョン陣営。


 一度でも敵の攻撃を受ければそれで失格。

 ただの一度のミスも許されない。

 その緊張感。


 だが、ランドは相変わらず下賎な笑みを浮かべてシャーロットのことを見下していた。


「さて、ジョン。サクッと、終わらせるぞ」


「了解だ」


 形式上、師匠・弟子という関係の二人だが、ジョンはランドより年上で、長く第一線で活躍してきた人物だ。

 それゆえ、そこに主従の関係はない。

 二人を結びつけているのは、金だけである。


「シャーロット。行くぞ」


「はい!」


 一方、リートとシャーロットの間には、既に信頼関係が芽生えていた。

 三週間ずっと一緒に稽古を重ねた。

 誰かに信じてもらえなかった互いの境遇を重ね合わせ、その辛さを共有している。


 リートは心の底から――負ける気がしないと思っていた。


 四者はそれぞれファイティングポーズを取る。

 そして、


「それでは――――試合、開始ッ!」



 審判の言葉と同時に、リートは剣を抜いて、ランドへと斬り込む――


 だが、次の瞬間、ランドがスキルを発動した。


「“グラビティ・バインド”!」


 リートとランドの周囲に、目には見えぬ圧力がかかる。

 それによりリートはほとんど動けなくなった。


「はは! いくら聖騎士でも、俺の“グラビティ・バインド”の下では全く動けないようだな」


 “グラビティ・バインド”は魔導剣士のレアスキルだ。

 魔導剣士になれば誰でも会得するという類のものではなく、使い手は限られている。


「――だが、お前自身にもこのスキルの圧力がかかっているよな?」


 リートは指摘する。

 見ると、圧力によって地面が押しつぶされていたが、その範囲は、ランドの周囲にまで及んでいる。

 すなわち、ランド・リートの両者ともに動けない。


「その通り。“グラビティ・バインド”は、普段は敵の攻撃を叩き落とすのに使う防御技だからね。でも、このタッグ戦では有効だろ? だって俺とお前がにらみ合いっこしている間に、俺の相方があの小人を一捻りすればいいんだからぁ!!」 


 リートはなるほどと頷いた。

 タッグ戦ならではの“チームプレイ”というわけか。


「だが、ランド。それは、ちょっと、都合が良すぎるんじゃないか?」


「何言ってんだ、お前」


「お前の作戦には致命的な欠点がある、って言ってるんだ」


 リートはそう言うと、首の動きでランドに向こうを見ろよと促す。


「なに……?」


 ランドがシャーロットの方を見る――と、そこには。


 信じられない光景が広がっていた。



 ――地面を蹴り上げ、あっという間にジョンの懐に飛び込むシャーロット。

 ジョンの振り上げた剣がシャーロットに振り下ろされるが、簡単にかいくぐり、


「――“バーニング・ナックル!”」


 そのままジョンの巨体にシャーロットの拳が突き刺さる。


 ジョンの巨体が宙に舞う。



「――ば、バカな!?」


 ランドはそれを見て、思わずそう叫んだ。


 騎士試験に受かっていたであろう“傭兵”を、シャーロットは一発で打ち倒してしまったのだ。


「あ、ありえない!」


 ランドのそれまでの余裕はどこへ行ったのか、目を見開きただただ呆然とする。


「それが、ありえなくないんだよな」


 リートは笑みを浮かべて、まるで自分のことのように誇らしげに言った。


 †


 ――二週間前。


 闘技場でシャーロットとともに修行をしていたリートの元に、一人の人間がやってきた。


「イリス王女様!」


 他でもない第一王女イリスの登場に、シャーロットは飛び跳ねてから、腰を九十度に曲げて頭を下げる。


「小隊長試験を受けるそうだな。その子は弟子か?」


 イリスが笑みを浮かべながらリートに聞く。


「ええ。シャーロットです」


「そうか。よろしく」


 イリスはにこやかに手を差し出す。

 そこには、小人に対する偏見など微塵もない。


「あ、そ、そのよろしくおお願いします!!」 


 シャーロットはその手を慌てて握り返す。


 だが、次の瞬間。イリスが目を細める。


「ん、これは……」


 イリスはシャーロットをまじまじと見返す。


「どうかされましたか?」


「あ、いや。この子のステータスがな……」


 リートはそう言われて、王女には“鑑定”のスキルがあるのを思い出す。


「体力、腕力、魔力……どのステータスもかなり高い。ほとんど騎士レベルだ」


 シャーロットとリートはそう言われて、さらに驚く。


 リートもシャーロットの能力が高いことは感じてはいたが、まさか騎士ほどとは思っていなかった。


「そんなに高いとは」


 しかしよく考えて見ると、それなりに納得はいく。


 ステータスの上昇率は、概ね努力に比例する。

 その点、シャーロットは誰よりも努力家だ。それは一緒に訓練している中でも強く感じている。


 彼女は今まで「使えないやつ」だと見なされてきたが、ステータスの使い方がわからず、宝の持ち腐れだったのだ。

 そして実際にリートに教わり出してから彼女は急激に成長している。


 それに、これまで弱いやつ扱いされてきたのは、小人という偏見もあったのだろう。

 彼女自身を含めて、皆がその能力を過小評価してきたのだ。


「これほどの人材が、まさか見習いの身分に埋もれているとはな」


 イリスは、シャーロットの肩を叩く。


「ひとつ、師匠のためだけなく、自分のためにも小隊長試験は頑張ってくれ。お前なら必ず騎士になれる」


 †



 ――ランドに向かって、リートは言い放つ。


「もともと、シャーロットの基礎力はクソ高かったんだ」


 リートは王女とのやりとりを思い出しながら言い放つ。


 そして――ランドにその絶望的な現実を突きつける。


「お前が教えるのが下手くそだったんだよ」


「ば、バカな!!!!」


 当然ランドはその現実を受け入れることができない。


 だが、そこにリートはさらなる追い討ちをかける。


「あ、それとこの“グラビティ・バインド”だが……」


 次の瞬間、リートの右手に持った剣が光る。


「――“神聖剣!”」


 次の瞬間、ランドの作った重力の網は、いとも簡単に四散する。


「こんな低級(・・)なスキルで、俺を縛れると思うな雑魚(・・)」


 勝敗はジョンがシャーロットに負けた時点で、既に決していた。

 だが、さらにリートはそもそもランドの作戦が、全くの無意味であると喝破したのだ。


 最初からリートはランドを瞬殺できた。

 だが、あえて、シャーロットに見せ場を作るために、茶番に付き合っていたのだ。


「ば、バカな……ありえない」


 だが、それが現実だった。


 リートは、一気に間合いを詰めて、そのまま左手の拳を振り抜く。


「“バーニング・ナックル”!」


 シャーロットからもらったスキルで、ランドの結界を撃ち抜く。そのままランドは後方に吹き飛ばされた。


 ――例によって、女神の声が聞こえてくる。



【――スキル“グラビティ・バインド”を手に入れました】


【――スキル“魔斬剣”を手に入れました】


 ランドが持っていたスキルを、リートはすでにほとんど持っていたようで、新しく手に入れたのはそれだけだった。



「――勝者、リート・シャーロット組!!」


 審判の勝利宣言が闘技場にこだました。

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