第23話 初めての任務


 決闘会の翌日、リートはウルス隊長に呼ばれて騎士の事務所へ赴いた。

 

「まずは決闘会、優勝おめでとう。護衛隊の優勝者が我が隊に来てくれて力強いよ」


「いえ、たまたまです……」


 リートは謙遜ではなく心の底からそう思っていた。


 ――頭の中に浮かんでいたのは、ウィリアム・アーガイルの存在だった。

 相手の降参で勝利したが、明らかに相手は本気を出していなかった。


 そして本気を出していたリートに対して、ウィリアムは全く本気ではなかった。

 だから、優勝したのは嬉しいが、素直に喜んでもいられなかった。


 自分より強い人間はたくさんいる。

 だからもっと頑張らなければ。

 リートはそう決心していた。


 ――ウルス隊長には色々教えてもらおう。


 リートはそれを楽しみにしていた。

 ウルスはイリス王女を護衛する、王室第一護衛隊の隊長であり、リートの上司になる。

 これから行動を共にする機会は大いにある。


「さて、今日から任務についてもらう。早速だが、俺と一緒に少し遠出をするぞ」


 初めての任務。

 リートは黙ってウルス隊長の説明を聞く。


「王都から南西に100キロ離れたところにあるウルタン村でのリザードマン退治が今回の任務だ」


「王女様の護衛ではないんですね」


「近衛騎士は有事には王族をお守りするのが仕事だが、王女様が王宮にいる限り、危険はほとんどない。だから普段は他の騎士団同様、民を守る任務につくんだ。王族直属の部隊として腕を磨き、さらには民や他の騎士団に威信を保つ目的もある」


「なるほど」


「では早速だが出発だ。おそらく一週間くらいは戻らないからそのつもりでいてくれ」


「承知しました」



 †


 リートとウルスは朝のうちに王都を出発し、夕方には目的地のウルタン村にたどり着いた。


 ウルタン村は決して大きくはない集落だった。

 人口は百人程度。


 山の麓にあり、ポツポツとある建物のほとんどは1階建の小さいものだ。

 産業などはなさそうで、自給自足の生活をしているようだ。


「――騎士様。よくぞおいでくださいました」


 村に着くと、白髪のおじいさんが出迎えてくれる。


「村長をやらせてもらっています。ヘンリーと申します」


 村長は、物腰が低く優しい印象のおじいさんだったが、どこか気品を感じさせた。


「私は近衛騎士団第一護衛隊の隊長のウルスです。そしてこちらはリート。今回は二人で任務を担当させていただきます」


 ウルスが自己紹介すると、また村長は一礼した。


「リザードマンたちがいつ村を襲ってくるかとビクビクしていました。何卒、よろしくお願いします」


 今回の任務は、村の近くにいるリザードマンの駆除だった。


 山にリザードマンが住み着き、村の剣士が退治しようと試みたが返り討ちにあったらしい。

 それで騎士団に助けを求めたのだ。


「数はどれくらいか、ご存知ですか」


 ウルスが尋ねると、村長が首を振った。


「わかりません。ただ、村の者曰く、山奥の洞窟の近くで何十匹もの群を見たとのこと」


「すると、数百体は潜んでいるかもしれませんね。駆除には多少、時間がかかるかもしれません。私とリートが交互に山に入り、片方は村に残って村人を守ることにしましょう。リザードマンは夜行性ですから、活動が活発ではない昼に駆除に行きます」


 ウルスが作戦を簡単に説明した。

 

「お願いします……。では、お二人に滞在していただく家にご案内します。粗末なものですが、ご容赦ください」


「いえいえ、お気遣い感謝します」


 村長は、二人の先導に立って家まで案内してくれた。


 ――とその道中、向こうから子供が走って来た。


 6、7歳ほどの小さな女の子。


「騎士様! 助けに来てくれたんですね!!」


 と目を輝かせてリートたちの元に駆け寄ってくる。

 青い目の利発そうな少女だった。


「おさわがせしてすみません。孫のリリィです。騎士殿が来るのを楽しみにしていたようで……」


 村長が紹介してくれる。

 リートはかがんでリリィの目線に合わせて挨拶する。


「こんばんは、リリィ。俺はリート、よろしくね」


 リートが言うと、リリィは無邪気に尋ねてくる。


「リートさん! リザードマン、明後日までにやっつけられるよね!?」


 ――突然、そんなことを言われて、リートは驚いた。


「明後日? 明後日に何かあるの?」


 リートが聞くと、リリィは両手の拳を胸の前で握って言った。


「明後日は”お星様の日”なの! だから山に登れば、お母さんとお父さんに会えるんだよ」


「……お星様の日? お母さんとお父さん?」


 リートは言葉を繰り返してリリィに説明を促した。

 だが、その答えが返ってくる前に、村長がリリィをたしなめる。


「こらリリィ。無理を言うんじゃない! リザードマン退治は危険なんだよ。騎士さんたちを焦らせちゃいけない」


 すると、リリィは急に泣き出しそうになる。


「……それじゃぁ……今年はお母さんに会えないの?」


 その顔を見て、村長はばつが悪そうにした。


「“お星様の日”は来年もある。今年は我慢するしかないんだよ、リリィ」


 村長が言い聞かせるように言うと、リリィは泣き出してしまった。

 すると、その会話を聞いていたのだろうか、家の中から中年の女性が出てくる。


「リリィ、泣かないの。こっちおいで。ご飯を食べましょ」


 と、女性はリートたちに一礼してリリィを家の中に連れていった。

 リートたちに気を使ったようだ。


「すみませんな。孫がお騒がせしてしまって」


 村長が申し訳なさそうに言う。


「あの、“お星様の日”って何ですか?」



「村の言い伝えです。この季節は空が澄んでいましてな。お星様の日には、死者が山に降りてくると言われているのです。あの子は両親を亡くしましてな……。お星様の日を楽しみにしていたのですが、今年はリザードマンが山にいますから。それどころではなく、残念がってしまって」


「そうなんですか……」


 かわいそうに思ったリートだったが、その様子を見て村長は「気にしないでください」と二人を気遣う。


「今、夕飯をお持ちします。今夜は何卒ゆっくりしてください……」


 村長は再び歩き出して、二人を家の前まで案内してくれる。

 小さいが部屋は別々に用意してくれていた。


「それでは、村の者が夕飯をお持ちしますので、しばらくお持ちください。私の家は向かいですから、何かあれば遠慮なくお申し付けください」


 そう言って村長は踵を返す。

 その後ろ姿を見送ってから――リートはウルス隊長に尋ねた。


「あの、夕飯の後は自由行動でいいですか?」


「もちろんだが……何か用があるのか?」


 隊長の質問に、リートは答える。


「ちょっと稽古をしたいので、村の外に」



 †

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