第9話 国王への「ご挨拶」と王女の告白

国王への「ご挨拶」



「早速で悪いが、宮廷に行こうと思うのだが」


 王女イリスはそう言ってリートを自分の馬車に乗せた。


「叙任式はまたあとで行われるが、その前に他の人たちにお前のことを紹介したい」


「あ、ありがとうございます」


 リートはもともと公爵家の家柄だったが、いわゆる貴族世界とは無縁の生活を送ってきた。

 社交界で貴族のボンボンとツルむ時間があったら、剣の稽古をしろというのが父の教えだったからだ。

 それゆえ、宮中に入るのは初めてのことだった。


 リートはイリスに案内され、宮中へと足を踏み入れた。

 宮殿はリートの想像よりもはるかに豪華だった。

 とにかく壁が高い。床は大理石。

 その雰囲気に圧倒される。


 リートはイリスの後に大人しくついていく。


「さて、まずは一番大事な人に挨拶をするぞ」


「一番大事な人、ですか」


 そう言われてリートは、騎士団長をイメージした。

 だが、その想像は外れた。


 ――たどり着いたのは、明らかに異質な部屋だった。


 部屋の門の両脇にはワシの像――王室の象徴だ。


「もしかして……」


 ――門番が門を開ける。


 その先にいたのは――


 王冠をかぶった人物。

 いうまでもない。

 ローレンス王国の国王、リチャード三世だった。


「父上。新しく採用した近衛騎士を連れてまいりました」


「おお、そうか」


 娘の言葉を聞いて、国王はその優しい眼差しをリートに向けた。

 リートはそのまま地面に膝をつき、頭を下げる。


「面をあげ、立ちあがるがよい」


 リートは国王の言葉に従い、立ち上がる。

 もちろん、勝手に喋り始めたりはしない。国王の指示を待つ。

 

「そなた、名前はなんという」


「リート、と言います」


「そうか。リートか。聞いたことがないということは――どうやら、新人のようだな」


「今日の試験で私が近衛騎士に採用しました」


 イリスの言葉に、国王が笑みを浮かべる。


「ということは、いきなり第七位階にしたということか? はは、お前はどうやら娘に相当気に入られたらしいな」


「恐縮です……」


 リートはその言葉をなんとか絞り出す。


 と、ただでさえ国王との対面で萎縮している所に、

 突然イリスが、心臓が飛び出るようなことを言う。


「父上。リートは、私の婿候補です。なので今日は紹介に来ました」


「む、むこ!?」


 リートは思わずそう声を漏らす。


 婿って、あの婿か!?

 結婚する、あれか!?


「ど、どういうことですか!?」


 リートは思わず聞き返す。


「私はリートの剣に惚れたのだ。一目惚れというやつだな」


 待て待て。急展開すぎる。

 リートの頭は混乱の極みに達した。 


「もちろん、無理にとは言わんぞ。だが、私は、お前に好きになってもらう努力をする。そういう話だ」


 リートは、状況が飲み込めず、恐る恐る国王の顔を伺う。


「そうかそうか。私は、家柄にはこだわらん! 剣の腕があるなら、それで良い」


 いやいや、豪快すぎるだろ!? 王族ってもっと政略結婚とかあるんじゃないのか!?


「それでは父上、失礼します」


 と、リートの頭の整理ができる前に、イリスが「ご挨拶」タイムの終了を宣言した。


 リートはイリスとともに王座の間を出る。


「あの、王女様。婿って、もちろん、冗談ですよね?」


 思わずそう聞くリート。だが、王女は首を振る。


「まさか、冗談な訳がないだろう」


 ……本気なのか。


「もちろん。お前の気持ちは最優先だ。だから、私の片思いだな。私を候補に入れてくれ、という話だ」


 イリスはあっけらかんという。


 か、片思いって、俺の知ってるやつじゃない……!!

 リートはイリスの大胆さにただたじろぐ。


 いや、こんな美女に、しかも王女にアタックされるというのは悪い気はしないけど、しかしあまりに現実離れしすぎて困ってしまう。


「さ、次は、近衛隊の隊長の所へ行くか」


 リートの困惑を、王女は全く気にしたふうもなく、歩き出すのだった。

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