第8話 大抜擢
「それどころか、騎士道精神に反していたのは、ローガン・ベントリー。あなたではありませんか」
王女のその言葉で、状況は一変したのだった。
「なんですと!?」
突然矛先が自分に向けられて、ローガンは思わず声をあげた。
王女のその言葉にはリートも驚く。
「ぼ、僕がどんな不正を働いたっていうんだよ!?」
動揺しすぎて敬語を使うことさえ忘れたローガン。
そんな彼の言葉を無視し、王女イリスは毅然とした言葉を放つ。
「連れて参れ!」
王女がそう言うと人混みの後ろから、騎士が現れる。
その脇には――ローガンの取り巻きたち二人が連れられていた。
「その者たちは、先の試合でベントリーに強化の魔法を施していたのだ」
「なッ……」
ローガンは絶句する。
リートもそれを聞いて驚いた。まさかそんなズルをしているとは思わなかったからだ。
「お前の父は騎士団の人事院の偉いさんだと言ったな。となれば、このことは粛々と報告することになる」
「そ、そんな! お待ちください!」
半泣きで足元に崩れ落ち、頭を下げるローガン。先ほどまでの態度はどこかに置き忘れてしまったようだった。
もしこのことが知れれば、“偉いさん”の父親もただでは済まないだろう。
息子の暴挙のせいでキャリアを失われたとなれば、その後ローガンがどのような扱いを受けるかは、想像に難くない。
いや、もしかしたら、それを避けるために――一族から追放するなんてこともあるかもしれない。
騎士にもなれず、貴族でもなくなってしまえば、彼が望む人生を手に入れる術はもう存在しないだろう。
それがわかっているから、なんとか王女にすがりつくローガン。
「ど、どうかお見逃しを!」
だが、王女は毅然と言い放つ。
「神聖な騎士採用試験を汚した罪は決して軽くはないぞ。連れて行け!」
と王女が部下に指示を出す。
――だが、
「ちょっと待ってください」
それに待ったをかけたのは――リートだった。
「どうしたのだ?」
王女の問いにリートは答える。
「今回は、見逃してあげてくれませんか?」
その言葉が意外だったのか、ローガンはハッとして顔を上げる。
「なぜこの者を助けようとする?」
リートは自分でもお人好しだと思った。
散々自分を小馬鹿にしてきた相手を助けるなんて。
でも、ローガンに待っていること――貴族が家を追放される――というのを想像したら、かわいそうになったのだ。
実家を追放される苦しさは、リートが誰よりも理解していたから。
「別に被害者がいるわけでもありません。一度目の過ちです。今回はお見逃しを」
リートのその言葉に、王女はふむと唸る。
そして少し逡巡してから、
「……よかろう」
その言葉に、ローガンは「あ、ありがたき幸せぇ!!!」と地面に額を擦り付けた。
貴族のプライドは、そこにはなかった。
「……強いだけではなく、徳も備えているとは、ますます騎士にふさわしい」
王女はリートを見て感心したようにうなづく。
そしてさらに言い放つ。
「そなたにはぜひ、近衛騎士として私の下で働いてもらいたい」
その言葉に、周囲の人間から声が漏れた。
「こ、近衛騎士だって!?」
「まさか! いきなり近衛騎士なんて前代未聞だぞ」
「っていうか、平民が近衛騎士なんて、ありえるのか!?」
リートも驚く。
近衛騎士は、騎士の中でも花形。
ただでさえエリートである騎士の中で競争を勝ち抜いた真のエリートだけがその栄誉を受けることができる。
「この者を近衛騎士として採用する。試験官、良いな」
王女の命令に、試験官がたじろぐ。
「お、王女様! しかし近衛隊の隊員は第七位階(セブンス)以上の者が就くと決まっております! これは法に書いてあることでございます!」
試験官のいう通りだった。
騎士には位階と呼ばれる序列がある。
一番低い第九位階(ナインス)から始まり、騎士団長が第一位階(ファースト)である。
採用試験に合格した者は、第九位階からスタートする。
つまり、どれだけ優秀でも、いきなり近衛騎士になることはない。
――だが、王女はそれを一蹴する。
「ならば、この者を第七位階(セブンス)とする。それで問題あるまい」
「なッ……!!」
周りの騎士たちがさらに絶句する。
それは無理もないことだった。
大抵の平凡な騎士は、第七位階で定年を迎える。
何十年と勤めてようやく到達できるのが、第七位階なのだ。
にも関わらず、目の前の少年は、いきなり第七位階の騎士になろうとしている。
他の平凡な騎士の何十年をスキップしてしまおうとしているのだ。
「確かに近衛騎士は第七位階以上というのは法律に書いてあることだ。だが、新人に第七位階を与えてはいけないという法律はなかろう?」
「そ、それはそうですが――」
「この者は是が非でも欲しい。人事院に伝えてくれ。よいな」
「……か、かしこまりました……!」
王女の即決で、騎士に、しかも第七位階の近衛騎士になることが決まったリート。
あまりの急展開に驚く暇さえなかった。
「今日から、よろしく頼むぞ」
イリスはリートに手を差し出す。
リートは恐る恐るその手をとった。
「――よ、よろしくお願いします!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます