依頼 と ゴブリン
グインズの冒険者ギルド本部前で俺は固まっていた。
俺はただ散歩していただけ、これからの方針を決める為に。まあ突然の手に入った大金で正常に思考出来ていると言われたら自信はない。
だが今の状況は自信を持って言える。
「あの、聞こえてますか?」
早く逃げるんだ。
「ん"!!」
なんだ、身体を動かそうにも・・・動けない?
俺は見ず知らずの水色髪の女、しかも奴隷である女に抱き付かれている。これは完全にヤバい面倒事だとすぐにわかった、誰もが思うだろうこんなの。
「私のご主人様が大変なんです! どうか!どうかお助け頂けませんでしょうか!?」
いや知らんが、誰だよ。ご主人様って言えば誰かわかるとでも思ってるのかこいつ。
あるのか? こいつが奴隷でも有名人でそのご主人様とやらも有名人で、助けてくださいと哀願すれば喜んでと言えるほどの者なのか?
「助けが欲しいならそこ等にいるだろ、冒険者ギルドもあるんだし」
「え?」
「え?」
奴隷女は顔を上げ俺と目が合った。水色の清く清楚なイメージに合うような童顔の瞳が俺を捕えてる。
いや、え、変な事言ったか俺? 流石に普通の事を言ったつもりなのだが・・・。
待ってくれあのハーデスの時みたいなことは勘弁だぞ。
「あの・・・これ見えます?」
「奴隷紋だろ」
それくらいわかるわ、俺も同じ物持ってるし! なんならスキルだって発動してますー! 俺の方がきっと凄いし!
ダメだ、一向に何を疑問に思っているのか全くわからん、あのハーデスの一件があって臆病になっているのもわかる。
ここの人間達が何を言っていることがわかりません!
「なら・・・わかりますよね?」
わかんねーから聞いてんだよこのビッチ!!
なんだその表情!冗談はその服装だけにしろよな!
どうせそれご主人の趣味なんだろ!? 生地が薄くてヒラヒラが多くて露出が極限にまで激しい奴! 踊り子か何かかよ、だったらここで踊ってればそのご自慢の大爆弾二つでそこ等辺の男共はてめぇに救いの手を差し伸べるよ絶対!
「おい、あれって確か・・・」
「あぁ間違いない、あのマントの奴は知らんけど・・・」
「何やってるんだ?」
マズイ、ついに周囲の人間達の目に止まり出した。
ぐぅ! 駄目だ本当にビクともしない、どんな腕力だこいつ!
何かしらの魔法なのはわかるが、ここまで動けない物なのか!? 身体強化でどんな力を使ってるんだこいつ!
仕方ない、ここはもう魔法を使ってでも!
「えっ・・?」
「ぬぅぅぅぅおおおおおおお!!!」
両手にグラスプの魔法を形成しビッチに覆いかぶさるようにがっつりと手を回しこれでもかと言う力を、全神経を持って引き剥がそうと持ち上げる。
完全に俺の腕がビッチの大爆弾二つに触れているが構いはしない。
とにかく引き剥がす、それだけに全力を投じる。
「なんで!なんです!! どうじでぇえ!!」
「うるせぇええ!!!!」
どれだけこいつの力は強いんだ! 地面に固定されているかのような重さにこっちの腰が先に砕けるんじゃないかと錯覚を覚える。
俺が声を上げながら力を入れているのと同じ様にビッチも声を出し引き剥がされまいと抵抗する。
もはや俺の全魔力を持っていってもいいくらいの気持ちだ。
相手が人間ならまだしも同じ奴隷同士、意味のない意地が俺の中に芽生えていた。
「こん・・・のぉぉぉお!!!!」
「金貨30枚お渡ししますから!!!
え・・・。
スッと力が抜けた。
今このビッチなんて言った?
金貨・・・? しかも・・・30枚?
30枚って何・・・どれ位? 俺の持ってる銅貨何枚分? 俺の持ってる金貨何枚分? それは30枚分??
え、そんな・・・そんなに・・・え?
「ふ、ふーーーん・・・話しだけは聞いてやるよ」
どうして俺は・・・こんなにも・・・。
あまりにも哀れだ・・・。
・ ・ ・
「私はミミナと申します。ご主人様はこの街の子爵様でして、ただいまお仕事の上司様より無理難題を指示されましてダンジョンへと向かわれてしまいまして・・・」
引き受けた途端にいけしゃあしゃあと語りやがってこいつは・・・。
水を得た魚のように悲劇のヒロインの面がとてもお似合いで、さぞかしご主人様とやらに気に入られてるのだろう、あぁ不快だ不快だ。
この世の奴隷は常に蔑まれている存在だろう! こんなビッチは優しくされて俺やあの子が酷い目にあってるなんて本当にこの世界滅んだほうがいいな。
だが、所詮は金。俺はその金に靡いてしまった。
いや違う、あのままあの場に居たら絶対に変な噂などが立つに決まっている。だから俺が折れただけだ、決して金に目が眩んだという訳ではない。
「で、なんだこのダンジョン、どう考えても禍々しい魔力が漂ってるんだが」
ダンジョンの入口で俺は一人渋い顔をする。
なんだこの言葉に出来ない邪悪さは、入口も何かのモンスターなのか人間なのか、顔のオブジェが口を大きく広げダンジョンへと誘おうとしている。
もうこの時点でヤバいってわかるだろ、そのご主人は本当に馬鹿なのか、護衛を付けているとは聞いたがそれがイノシシレベルに強いならこのビッチはここまで動揺もしないだろう。
つまりはほぼ死ぬ覚悟ってことだろう? そんな物を助けに行くって・・・。
「やめるわやっぱ・・・」
ガシッ!!!
「お願いします、旅人さん・・・!」
ぐぅ・・・今度は背後から同じ様泣き声と一緒に抱き付かれ掴まれた。
だからいくらその爆弾二つを押し付けられてもこっちには一切効果がないことくらいわかれよこいつ!
「どう考えたってご主人死んでるだろ! 金貨30枚なんて出せないだろ!知ってんだからな!」
「でも!でももうここまで来てはあなた様に頼る他ないのです! 私はどうなってもいいです、何でもします! だからどうかお願いします!」
普通なら主人想いの健気の子という感想が出てきてもいいだろうが、服装やその仕草やとてもよい暮らしをしてきたというのも頷ける。
だがこいつは奴隷、俺と同じ奴隷なんだ。それがこんな必死にご主人の為にをされるとどうしてか拒否反応を起こしてしまう。
「いくらでも! ご主人様にお願いしてお支払致しますから!!」
「だから、そのご主人が・・・!」
「私は奴隷なんですから! まだ生きていらっしゃる事がわかるんですって!」
え・・・そうなの?
奴隷紋ってそんな力もあるの!? 初めて知った。
「いやでも・・・」
「ご主人様が死なれた時は・・・私ももちろん身を引きます」
俺を押さえつけていた腕の力が少しずつ抜けていく。ここまでお願いしてもダメならとでも言いたげに。
そんなにか・・・。
俺には流石にわからない、奴隷なんていう存在は家畜も同類だ。そしてその飼い主はそのご主人。
モンスターをペットにしているのと同じ、俺は今でも自分を人間とは思っていないし、その事を共有したいなんてことは無いが。
それでも奴隷と人間は違う存在、決して交わることのない生き物。人間から奴隷へと堕ちた時点で境界は生まれるんだ。
「お願い・・・します」
「ちっ・・・」
違うっていうのか。
奴隷は奴隷でもと。
奴隷も生き物。モンスターも奴隷も、当然人間も違うのだと。
このビッチはそう訴えたいのか。
「ご主人が死んだら帰るからな」
「ありがとうございます! きっとご主人様は無事です!! 宜しく願いします旅人さん!!」
無駄に元気な返事が響いた。
これが奴隷なんてなと、改めて思ってしまう。
こんな奴がなんで奴隷に、こんな奴だから奴隷になったのか。
憎まれ、疎まれ、そして騙されて・・・。
可能性を上げてもキリがない。俺も同じ様な物だ。
理由なんて思い出せない。それでも覚えてる事は、金に換えられたということだけだ。
「レーグだ。旅人呼びはやめろ」
そうしてやっと俺はダンジョンの中へと足を踏み入れた。
何の口かわからないが、ダンジョンの入口をくぐり地下へともぐっていった・・・。
・ ・ ・
ダンジョンの中のモンスターは再配置されたのか不明だが、大量に居た。
「ソードッ」
次々と有象無象に襲いかかるモンスター達を一撃で片付けていく。
確かに地上のモンスターは一味違っていた。武装しているのは当然なのだがその武装が明らかに違っていた。
まるで何処かで加工されたかのような物を使っていた。
地上にいる同じゴブリンでもこっちのゴブリンは鉄のプレート、鎧もどきを着込んでいたりしている。
そして統率も取れていた。
ギィイ!!
一番奥にいるゴブリン、ゴブリンリーダーと呼ばれる上位種が司令塔をしてほぼ本能的に動くゴブリン達を統率力を与えていた。
ただ襲ってくるだけのゴブリンに集団的攻撃が加えられていた。
とはいってもゴブリンだ、今の俺の力で全て一撃で片付けることが出来る。
右手を振るえばゴブリンは死ぬ。
「あ! 危ない!」
ビッチが両手を前に突き出して魔法を使用した。
周囲の遺跡にある複数の瓦礫が俺に上から奇襲をかけようとするゴブリン目掛けて飛んでいく。
ゴブリン悲鳴を上げながら瓦礫の塊となって宙に浮き続けていた。
すぐにソードを振るい瓦礫の塊ごとゴブリンを串刺しにする。
「んーー・・・難しい」
実の所俺はゴブリン相手にある意味で手加減をしていた。
ソードで斬り付けているのだが、魔力を上手く調整し続け切断をしないようにと戦っている。
出来るだけゴブリンをソードで貫き綺麗な形・・・まあゴブリン事態は汚いんだけど、売れる場所が多いようにってことでゴブリンを倒している。
当然、ディザスターと戦った方が金になるのは明らかだ。でもこればかりは仕方ない、神災事態が何時何処で起きるかわからないんだ、こうやってコツコツと稼いでいくしか今の俺の懐を維持するのは難しい。
ギィイイイイイイ!!!!
全てのゴブリンを片付け最後にゴブリンリーダーを串刺しにし倒してた。
すかさずゴブリンの死骸達を奴隷紋へと収納していく、中にはまだ息の根が止まっていないのも居たのでしっかりと殺し収納した。
よしよし、結構な数になった。
相場がどれくらいなのかは当然わからないが、前回の素材買取は自分で思うに素材の状況が良くなかったのではないかと思う。
きっと今回のようにしっかりと綺麗な状態を保っていれば値段もきっと変わるだろう。
「あの・・・すみません、早く行きませんか? 素材取りなら後でも出来ると思うのですが」
あ、確かに。
言われてみればそうだ、後でしっかりと一つ一つゆっくり素材集めをしてもいいか。戦闘中目に入った鉱石らしき物とかも持って行ってもいいかもしれんな。
よし、ここは癪だがビッチの言葉に従ってさっさと前に進もう。
本当に上手くいけば俺は大金を手に出来るんだ。
幸いにもまだご主人とやらは死んでいない。早めに進んでもよさそうだ。
それにしても護衛を付けているとは言っても一切モンスターと戦っていないように思えるな。
ここまで行く先々にモンスターが居るとなると今ご主人は本当に大丈夫なのか?
もしかして生きはしてるけどモンスターに捕まった?
ここのゴブリン達はやけに賢いようにも思えるし、ゴブリンに人が攫われるなんてことも聞いた事もあったり無かったりだし・・・。
「・・・まあ、大丈夫なら進むしかないよな」
ビッチを信じるしかないんだ、生きているなら進んで助けて、それで大金を貰って終わり!
それがこのダンジョンでの最高目標なんだ、今のままなら最悪俺は生き延びられる気がするし。
再びゴブリン達と相見える。
今度は魔法使いのような黒いローブを見に纏うタイプが姿を現した。
遠距離特化型であろうと敵ではなかった。
小さな火の球をただ放っているだけで懐に入ってしまうとほぼ無抵抗で倒していける。
威力の低い魔法だ。わざと攻撃を受けても熱さも感じず軽く石ころを当てられたような感覚だけで済む。
ならばと、このまま一気に殲滅させる・・・。
・ ・ ・
かなりの階層まで下りたような気がする。
細かくまだご主人が生きているかどうか聞くもまだ大丈夫だと応える、そんな会話しか俺とこいつにはなかった。
こいつも必死なのか、軽口を叩くこと無く大人しく後を付いてくる。
戦闘になれば支援もしてくる。別に不要だと言ってもやらせて下さいと食い下がられた。何かをやっていないと気が気じゃないというところなのだろうか。
戦闘の時以外は常に下を向きこちらに一切表情を見せない。
「おい、一回休憩だ」
「え、でも・・・」
「ずっと前線やらされてるんだ、少しは休ませろ」
丁度休憩ポイントのような場所が顔を出した。
おもむろに俺はその場で座り込み体力回復に努めようとする。
流石に一人で立っているのはということで同じように座った。
遺跡の床をサッサと払い綺麗に座り更に同じと奴隷としての品格の違いを見せつけられているようだ。
「あのさ、聞きたいんだけど」
ここへきてようやく当初の疑問をぶつけようと思った。
別に聞かなくてもいいようなことではあるが、強いて言うなら暇だからというところ。
「なんで俺だったの、あそこなら冒険者なんていっぱいいるし、そもそも俺は冒険者じゃないし」
「それは・・・」
話しを振った時は顔を見合わせたのに急に目を逸らされた。
なんかやましい気持ちの表れか、聞くのを失敗したような後悔が出てきた。
「あ、やっぱい」
「あれは丁度私が今回の件を聞き御屋敷を出た所でした・・・」
なんか語り出し始めた。何となくだけどこれめちゃくちゃ長くなるやつじゃないか。
俺はこいつの変な地雷を踏んでしまったということなのだろうが、こっちから聞いておいて蔑ろにするのも・・・と俺は最後までこいつの話を聞くことになってしまった。
「という事があり私は、ご主人様の手となり足とり、全てを捧げるとお誓い、この身を賭けると・・・」
「うんうんわかったわかった、もう良いもう良いもう良いもう良いから。もう行くぞ」
なんでコイツとご主人の出会いまで俺は聞かされてるんだ。
コイツからしたら劇的な出会いかもしれないけど、聞いてる限りじゃあ普通に奴隷商で買われただけで特別俺と変わらないんだが。
そんな変わらない事に少しホッとしたけど、コイツの盛りに盛った言い方で一瞬正気を失いそうにもなったわ。
それでだ。
こいつが俺を選んだ理由というのが、物凄く癪に触った。
なんでもハーデスを出た俺を目にしてしまったらしく、とてつもない不気味さを感じ一度は嫌煙したらしいのだが、再び出会ったのがあの冒険者ギルドの前だった。
コイツの言い分では、あそこまで不気味な笑い声を発していたのにも関わらず冒険者ギルドを見ている姿に何か不思議な感覚を覚え声をかけたらしい。
不思議な感覚なんて言い方したがコイツの言っている事がわからなかったからそうゆうことにした、なんだ情熱がどうとか背徳感がどうとか意味が全くわからない。
改めて思ったこと・・・ビッチだわやっぱ。
何となくこいつのその今のご主人との出会いの話だけを聞いて思ったことだ。
運命の出会いだのこの人しかいない、これが自分の初めての・・・なんてこいつきっと歴代の主人にも同じ事を言っているんじゃないのかと思うわけだ。
とは、いえここで一つ疑問が浮かんだ。
それだけ惚れやすい性格でご主人を溺愛するなら、何故売られていたんだ? コイツの言葉通りなら一生をご主人に尽くしてもおかしくないのに。
まあ俺の知ったところではないか、俺の勘がこいつをビッチだと思ったことからやっぱりそうゆう所もあるのかもしれない。
ご主人すらもとっかえひっかえのコイツにはお似合いの言葉だ。
「レーグ様・・・ここはもしや」
思考に耽っていると俺達は何やら大きな扉の前まで来ていたようだった。
その扉に見覚えはあった、確か俺達が入ってきた出入り口の扉と同じ物だ。
この顔、ここへ入ってくる前はわからなかったが、どうやらゴブリンの顔なのではないのか? つまりはここはゴブリンが支配しているゴブリンのダンジョンということなのか。
前回のダンジョンと比べてゴブリンしか居ないと思ったが、こういった専用のダンジョンもあるということか。
「・・・入るか」
改めて見ても悪趣味な扉だ。
最初これを見た時はヤバいダンジョンだと思ったが、結局この顔の印象だけだった。
ならきっとこの先にいるモンスターも、まあ大丈夫だろう。
軽い気持ちで扉を開ける・・・。
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