銅貨 と 冒険者


 俺が初めて訪れたグインズ。正確には違うらしいが今の俺にとっては初めての街。

 見渡す限りの建物。まだ出入り口の門を通った待ち受けていたのはスペースを余すことなく設置された建物達。

 唯一の建物がない場所の大通は人で埋め尽くされていた。人の多さに少し恐怖を感じた気持ちを抑え俺はローズの後ろを付いて行き商会組合所なる場所で荷物を降ろしていた。

 何も言わずに俺はローズの手伝いをしていた形になっていたが、どうも慣れない人混みに委縮してしまっていた結果だ。


 あらかたの荷物を降ろしたらローズは商会組合所専用の宿屋を俺に教えグインズの地図を渡した。

 その地図にはレ点の印が付いていた。

 恐らくグインズに来る前に言っていた素材売りの場所なのだろうと思い早速マントを羽織りフードをこれでもかと深く被り街にその身を投じローズの示した場所へと向かった。


 行き交う人々の目線を気にしたのは最初だけだった。

 思ったよりも俺の格好は目立たないようだった、鎧をフルプレートで着込んでいたり胸と股間しか布が無い格好と色々の人間がいるんだ、俺と同じようにマントを上着の上から着ている者達も多くいる。

 そんな中でフードを被ってる人間なんて珍しくも無いということだろう。


 思った以上にスムーズに俺は素材売りのお店へとたどり着いたのだった。


 『ハーデス』

 

 それが店の名前だった。

 外からの外観はとにかく普通、まるで意図して目立たないような作りのお店だった。

 少しだけ不穏な感じを受けたが、ここで突っ立てても仕方ない。

 扉を押し俺は店の中へと入っていった。


「誰だ?」


 不穏的中、第一声がこれか。

 とても渋く低い男の声が耳へと飛び込んできた。店の明かりも付けずに何をしているのかという疑問も生まれ本当にここで合っているのか不安になる。

 とは言え店内を見渡すもそれっぽいモンスターの素材のような物が多く置いてあるから店を間違えたというわけではない。


「モンスターの素材を売りに来た」


「悪いな、うちは誰かの紹介じゃないと買取はしてないんだ」


「は?」


 店主の言葉に目が点になり沈黙した。

 あの女狐! また俺をおちょくりやがったのか!

 どう足掻いても俺に借金でも作らせたいのか。どれだけ性悪なんだあいつ!


 ならこっちにも考えがある。


 俺は徐に店主が座っているカウンターまで迫り一枚の鉄板を叩きつけるようにして見せた。


「ほう・・・あの女がね」


 薔薇薔薇商の手形を見て店主は呟いた。

 あの女・・・ってことはこの男はあの女狐姿を知っているのか。

 その事に意外性を感じた。常に小太りの奴隷商らしい格好をしているものだと思ったが、意外にもそうじゃないらしい。

 少なくても俺の目の前の店主と女狐の関係性は、普通の客だけではないということか・・・。


 よし、今度聞いてやろう。


 もしかしたら奴の見えない顔がようやく拝めるかもしれないからな!


「へへへっ」


「どうしたお前急に」


 ヤバいヤバい、つい表情がいつもの口角になってしまった。

 店主に見えないように顔をマッサージして改めて本題に移る。

 その女からの紹介だと告げたら俺の見えない顔と薔薇薔薇商の手形を見比べていた。


「・・・いいだろう、そこの台にポーチを置け」


 よし。

 なんとかいきそうで一安心だ。

 店主は重い腰を上げるようにして指定した場所へと向かう。

 これで俺の手元にもようやく金が・・・金が手に出来そうだ!


「えーっとポーチポーチ・・・・・・ポーチ?」


 ポーチって・・・何?


 奴隷紋ですぐにメニューを開きストレージを確認する。

 ちょっと待ってくれなんだその単語、初めて聞くぞ。

 ポーチ!? ポーチってあの腰に巻く小物入れ的な奴だよな?

 店主の口ぶりからするとさも当たり前のような素振りだった。だとしたらそのポーチとか言う奴は普通持っている物なのか。

 

「おい、何やってる早くしろ」


「え、あー・・・少し、待て」


 おいおいおいどうすんだよ。自然と自分の身体を全身触ってるけど当たり前に何もない。

 そんな姿を見た店主も徐々に顔色が変わっていき不審者を見るような目で俺を見始める。

 そんな目で見たって困る。いやまぁ困ってるのは断然店主だよな・・・。


「まさか・・・落したのか?」


「いや! そう・・・じゃなくて、あの・・・えっと」


 落した。ここは一つ落としたって事にして撤退するのがいいか。

 だとしたら今の店主への返しを間違えてるよな、手遅れだよな完全に。

 待て待て考えろ、ここを切り抜ける方法はいくらでもある・・・はずだ!


「おい早くしろ」


「・・・って、ないんです」


「あ?」


「ポーチ・・・持ってないんです」


 方法なんてなかった。



 呆れた顔をする店主。

 冷やかしかと呟いて再びカウンターの奥の椅子に腰掛けて溜息をついた。


 違うんだ、待ってくれ。


「違うんだ! これを売って欲しいんだ!」



ドォオオオオォォオンッ!!!



 俺は無我夢中にストレージから無数のモンスターの素材を取り出した。

 その量はとにかく多く俺と店主の間が埋まりお互いの姿が見えなくなるほどの物だった。




- 空間不足の為、取り出し不可能物有り -



 奴隷紋にお知らせという感じで表示された。

 お前さ、そうゆう所は親切な癖になんでもっと色んな事教えてくれないんだよ・・・。

 口言わぬ奴隷紋に肩を竦めていると怒鳴り声が聞こえた。


「しまえ!! ボケェエエエエ!!!」


「はぁあぁああああい!!!!」


 ついつい俺も大声で答えてしまった。

 間違ってるよね、それくらいはわかるよ俺にも・・・うん、わかってるよそれくらい・・・。






・   ・   ・






 あれから店主"さん"は俺の素材を一個一個丁寧に品定めしてくれた。


「まさか、ポーチを知らないで空間魔法で物をぶっ込む奴がいるなんて驚きだ」


「はい、すみません」


 俺は何故か正座をしていた。あまりにも迷惑を掛け過ぎたから自然とそうゆう形を取っていた。

 無駄口を叩かず店主さんの言葉にだけ反応するように口を動かしていた。


「なんだこれ、触手?」


「はいそれは、ディザスターの触手ですはい」


「は?」

「え?」


 お互い顔を見合った。

 俺なんか変な事言っちゃいまし・・・たよねーそれはねー言っちゃったねー。


「ディザスター」

「はい」


「神災の?」

「はい・・・いや正確には神災後のディザスターと言いますか」


 ついこの間の洞窟ダンジョン、寄生女植物ディザスターの触手だ。

 結局あの後奴の素材を手に入れてから文字化けは解かれ正常に機能していた。

 今店主さんが持っているのは寄生植物の触手というアイテムだ、撃破時に手に入るアイテムとは違い消費アイテムとしては使えない本当の素材アイテムだ。

 当然、今の俺には売る以外に使い道が無い為普通に取り出していた。


 取り出してしまったのだ・・・。


「ふーん」


 ドサッ。


 うわぁ、足元に置かれた。

 他の素材はカウンターにしっかりと並べられてるのに触手だけ雑に扱われた。

 完全に俺の言葉を信じてないって奴だ・・・。それも当然っちゃ当然なのか。


 あの神災のディザスターの素材です! 高く買い取ってください! ちなみに神災の時のディザスターじゃないですけどディザスターはディザスターですのでご安心ください!


 店主さんの反応を見てもわかる、普通は信じないという物なのだろう。


「少し待ってろ、今金を持ってくる」


 全ての品定めが終わったのか店主さんはカウンターから店の奥へと消えていった。

 俺は戻ってくるのを正座して待つ。


 意外に俺は緊張をしていた。初めてのお金がどれだけ手に入るのかというワクワク感と、少なかったらあの女狐に何を言われるのだろうという不安。二つの感情がぶつかり合い胸が締め付けられる気持ちとはこういう物なのかと実感していた。


「ほら、これが今回の買い取り金だ」


「ありがとうございます!」


 ようやく正座から解放された俺は立ち上がり、店主さんが差し出した受け皿の上の金を見た。




銅貨・・・30枚。

 



「・・・・・・」


「なんだ、不満があるなら他に行くんだな」


「いや・・・大丈夫でー・・・す」



 俺はその30枚の銅貨を受け取った。

 これはどれくらいの物なのか正確には俺にはわからない。

 だが、わかっていることは・・・。


『銀貨50枚と1枚、それも出せないのかい君は???』


 あの女狐の憎たらしい顔を見ないといけないということだった。

 俺の記憶だと銀貨って確か銅貨100枚だろう?

 今回俺が出したモンスターの素材ってエレウンドからここまで倒し続けたモンスター達の素材、つまりは俺の全財産が・・・この銅貨30枚。


 絶望を覚えそうだった。

 もう脳内にはあの女狐の顔と声が永遠と再生されていた。


 こんなのってありかよ、これが奴隷である俺の最初のお金なのか・・・。


「はぁ・・・」


 肩を落として店主さんに背を向けた。

 どうも元気が出せそうに無かった、もちろん超大金が手に入るなんて考えて無かった。

 けれど、もう少し・・・もう少しなんとかなんない物だったのか。


 いつぞやのご主人達のように上手く商談でもすればよかったのか・・・、そんなスキルが手に入れば、なんて望みが薄い願望を俺は抱いて店の扉に手をかけた。




チャリン。




 それは唐突に投げ込まれた。

 俺は足を止めた。

 音の正体の物が転がり、俺の足元まで転がり足にぶつかりそのまま動きを止めた。


 それは・・・金色に輝いた物だった。


「ディザスターの素材、今後もここへ持ってこい。いいな」


「え・・・あはい」




バタンッ。



 俺はハーデス出た。



 もちろん、金色に輝いた物・・・金貨を手に。



「へっ・・・」



 もう、自分の顔を抑えることは出来なかった。



「へへへへへへへえへへへへへへへへっへへへへへへへえっへへへへへへえへっへへへえっへへへえへへっへえっへへへへへへっへ」



 駄目だ収まりが効かない。

 いや無理だ駄目だ、初めてなのかも知れない。心と体一つになった瞬間を味わうのは。

 

「へぇええええええへへへへへへへへへへへへ」


 駄目だ声まで出ているし周りから変な目で見られているのもわかる。

 けれど止められるわけがない。



 金貨

 金貨

 金貨

 金貨

 金貨

 金貨

 銀貨100枚分

 金貨

 金貨

 金貨

 金貨

 金貨

 金貨

 金貨

 銅貨1000枚分

 金貨

 金貨

 金貨

 金貨

 金貨

 金貨





「ふへへへへへへ・・・」





 こうして俺の初めての買い取りは・・・無事!!!


 口角が最高に上がりきる最高の形で終わりを迎えたのだった・・・。







・   ・   ・








 ハーデスを後にした俺は一先ず街を歩いて回っていた。

 にやけ顔は声が出ない程度にまで治まった。

 流石にあのままでは悪目立ちし過ぎだったので頑張って抑えた。


 で、だ。

 いざ金貨1枚と銅貨30枚、これを一体何に使えばという問題に直面している。

 恐らくではあるが普通に美味しい料理を食べたり欲しい物、服や装飾品を買ったりとするのがいいだろうが。


 今の俺にはあまりにも無縁の長物だった。

 街を歩き回っているうちにそういった物を取り扱ってる店を多く見かけたが全く魅力を感じなかった。


 むしろ奴隷紋に映っている表示を見ているだけで満足している自分も居た。



金貨 × 1


銀貨 × 0


銅貨 × 30



「えへぇ~・・・」


 ついつい声を出してしまった。涎も出そうになってしまう、危ない危ない。


 もうこれを眺めながらローズのいる組合の宿屋に帰るのもありかなとも思った。

 本来の目的の情報収集も明日でもいいかななんて思ってしまう程に今の自分が駄目なのがわかった。ここまで自分が現金な人間な事が一番の驚きと発見だ。

 今この瞬間が楽しくて仕方ない。


 そんな事を考えていると、他愛の無い会話が耳に入った。


「おーし、今日は森林ダンジョンだ! 準備はいいか!?」

「「「おぉおおーーう!!!」」」


 ん?と俺は声がした方へ顔を向けた。

 何やら数人が拳を高く上げて気合いを入れているようだった。

 見た目はそれぞれ違っていた。リーダー格の男と大男は鎧を纏っていたり、他の女性は軽装動きやすい格好や神官ローブだったり。

 もちろん手には各々の武器を手にしていた。

 彼等がどんな存在かすぐにわかった。


 冒険者、と言う奴だろう。


「ふーん、ここがね」


 俺は彼等が出てきたであろう建物まで近付き見上げた。

 それは恐らく冒険者ギルドという場所だろう。

 他の建物よりも異質であるにも関わらず整い、誰でも気軽に入れる、のような雰囲気を醸し出している。

 俺の印象とは違っていたのか、金さえ払えば何でも請け負う。そんな印象だったが、建物を見て意外にも庶民的というか、いい意味で金を出せばなんでもやってくれそうな雰囲気を感じた。


 まあ俺には無縁だ。


 むしろ今の俺の奴隷としての立場からすると敵対勢力のような物だ。

 武器持ってこっちに襲いかかってくる可能性が非常に高い人間だ。

 俺なんかよりも長い年月モンスターと戦い時には人間とも戦っているのであろう。


 そう考えたら背筋が凍る思いだ。

 いつぞやのイノシシのような存在が現れても不思議じゃない、用心するに越したこと無いが出来れば関わり合いを持ちたくないし、変に目を付けられたら堪ったもんじゃない。


 ここはさっさとこの場から退散するのがいいだろう。

 フードを深く被っているから奴隷紋は見えないにしろ、あのボスのように雰囲気で感じ取る奴だっていてもおかしくないし、臭いと訳のわからない理由で拘束されたらそれこそ堪ったものじゃない。


 特に怪しまれないようにただの通行人として溶け込みながら俺は冒険者ギルドの建物を背にするように振り返った・・・。




ギュッ・・・!!




「・・・・・・」


 何だこれ・・・二つの何か柔らかい何かの何かの何が俺のお腹にぶっつかった。

 いや押し付けられていると言った方がいいだろう。

 恐る恐る、俺はその物体の正体へと目線を下ろした。




「冒険者様! どうか助けて下さい!」




 一人の女が俺に抱き付いて涙目で哀願をしていた。




 その左頬には・・・俺と同じ奴隷紋が刻まれていた。

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