売られた者 に 売った者
『どうしてですか!!? なんで!!』
叫んでいる。
これは・・・夢。叫んでるのは俺か?
『言ったでしょう? 君はこのままでは我々に害を及ぼすと』
一人の男。
これは昔のご主人・・・違う。
コイツは・・・昔のパーティー仲間、いや仲間だと当時の俺が思い込んでいただけの人物だ。
そうこれは、俺が奴隷として売られた時の記憶だ。
『残念だ、非常に・・・今までありがとう』
まるで悔やんでいるという仮面を被った言葉だ。
他のパーティーメンバーも同じような顔を向けていた。
軽蔑、ゴミを見るような目、せせら笑い。
それが全てを物語っていた。
俺が何かをした訳では無い、これも予定調和だった。
売られる為に仲間に引き取られたのだ。
『待ってくれよ! ねぇ!! 待って!!』
その場から俺に背を向け立ち去ろうとするパーティーリーダーに追いすがろうとするも俺は取り押さえられた。
彼等が呼んだ業者。
奴隷商の人間達に。
離せと抵抗するも無意味だった。ただ子供が騒いでるだけのように見える光景があまりにも滑稽に移っていた。
待ってくれ手を伸ばすも二人掛かりで俺は取り押さえていた。
『ではでは、こちらが本日の代金でございます、今後ともどうぞ御贔屓に』
奴隷商がリーダーに金を渡していた。
そして他の女パーティーメンバー達がその金の使い道をリーダーに群がるようにはしゃいでいた。
何を買うか、何が欲しい、何処かへ行こう。
そんな言葉と空気と光景を目の当たりにし、俺は伸ばす手を降ろした。
これが、俺が・・・奴隷になった日。
彼等がどんな人間達だったのかは思い出せない。
だがこの日この瞬間を思い出した。
それから奴隷として売られた俺はこれと同じ夢を悪夢のように毎日見せられていたんだった。
最初はこの夢を見ないようにする為に睡眠をやめたんだった。ありとあらゆる手段を使い。俺は寝るということをやめた。
俺の奴隷としての最初の捨身は、これだった。
・ ・ ・
「んっ・・・ん・・・」
仰向けて寝ていた。
目を開けると晴天の朝が俺を照らしてた。
あの神災から2日が経った。俺は自分の帰る場所。今は亡きルキーと過ごしたあの地下牢で一人眠っていた。
屋敷は綺麗に吹き飛んでいで俺の寝床の地下の天井は捲れ上がり日の光を直接浴びることが出来るようになっていた。
「んっ!! んーーんっんん!!」
身体を起こし、俺は喉を鳴らす。
数年使うことが出来なかった声を、たった一度で爆発させたのだ。あの神災が終わってからというもの喉に痛みを感じ続けていた。
「よ・・し・・・いくか」
本の表紙、そして・・・一つのペンダントを手に持ち立ち上がった。
手に持った二つは、全てルキーの物だ。
本は俺に読み聞かせてくれたあの本。爆発の影響なのか読むことが出来る部分は全て吹き飛んで無くなっていたが表紙の部分だけは残っていた。
そしてもう一つのペンダント。これはこの地下牢に合った物だった。
神災を終えた後俺は無我夢中で彼女を探した。
剣を刺され爆発の魔法で吹き飛んだ彼女を。
一日中探したが全く見つからなかった。脳裏には常に現実を突き付けられていた。
彼女は死んだ、木端微塵に消えた、跡形も無く。
神災が終わってから散らばる肉片を一つ一つ調べるも見つけることは出来なかった。
生存者からしたら一人の奴隷が不気味に彷徨い人肉を漁っている光景にしか見えなかったのだろう。
好都合だった、そんな俺を誰一人声をかけられることはなかった。
彼女を探して30時間以上経過したくらいに体にガタが来た。
その場で倒れるのだけは避けたいと思った。
だけど行く場所なんて、そう考えていたら自然と俺はあの屋敷。彼女と出会ったあの屋敷の地下牢へと足を運んでいた。
そしてこの二つを見つけた。
彼女が寝ていた場所に、ペンダントが一つ隠されていたんだ。
それを見つけてから、俺は意識を失うようにして眠りにつき今に至った。
二つの形見を手に俺は崩壊した町を歩く。
見るも無残な姿。たった一日で栄えていた町が廃墟の町へと化した。
後に語られるエレウンド神災。
この町、エレウンドに起きた神災の名称。神災で大量の人間が死に、町一つを崩壊され行き場を失った者達。
神災が起きたところではほぼ珍しくないらしい。
ただ、今回だけは違った。
俺があの巨大な人型の化け物を殺した。それからという物多くの記憶が湧水の如く溢れて来た。
あれは『ディザスター』神災のボスだ。
神災は、空が赤く一変することから始まる。人々を襲うことだけが目的のようにモンスターが現れ、最後の締め括りを担当するのがディザスター。
それが神災の大まかな流れ。
そしてその赤く染まった空の下かは不明だが、人々を皆殺しにした時に神災は終わりを告げると言われている。
当然その真相なんて知る由もない。学者や国々が総力を挙げても解明することは出来ないでいる現象だ。
そんな世界が一丸になってもどうにも出来ない事をこんなちっぽけな町一つがどうにか出来るなんて誰も思わない。
思わないからこそ、このエレウンド神災と呼ばれる所以になる。
ディザスターを一人で倒した人間が居た。
その一言だけで噂は広がったのだろう。
今も歩いているだけでそんな言葉が耳に入ってくる。当然誰がその人間なのか知る由もなかった。
ゆらりゆらりと歩く。
目的地は決まっていた、俺がやること。
それは彼女の最後の言葉。
『逃げ・・・て、生きて・・・』
それが最後に俺に掛けた言葉、俺なんかにかけてくれた言葉。
大切にしたかった同じ奴隷の子の言葉だった。
その為にも俺は、行かねばならない。知らねばならない。
生き抜く為に、知恵を付けなくてはならないんだ・・・。
・ ・ ・
今度は自分の意思で俺は来た。
俺が買われて売られて、また買われた場所。
「申し訳ありません、ただ今営業はしておりません故・・・ほぉ???」
見知った奴隷商が俺を見て目を点にして驚いていた。
俺が生きていた事に驚いているのか、それともここへ一人で来た事に驚いているのか。
「ふふっふふふふ・・・!! 素晴らしい、ここまで見違えた奴隷は初めてです。やはり私の目に狂いはなかったというわけですか! ふふふふふっ!!」
奴隷商の言葉に皺を寄せた。こいつは一体何を言っているのかわからなかった。
いつも見ていた不敵な笑いではなかった、本当に喜びを噛み締めているかのような笑い声に戸惑いを覚える。
そして施設の中へ誘導された、まるで客を持成すかのように。
それに従うように俺は中へと入る。何を考えているのかわからない警戒を怠らないようにしなくては。
「それで・・・何が御用でございますか? えーーっと・・・」
「レーグだ」
俺は口にした。
名前を・・・本当の名前では無い。
彼女が最後の最後に口にした、俺に向けて言った名前。
それは今俺が手にしている表紙の主人公と同じ名前だ。きっと彼女は不便していた俺に名前を付けようとしていたのだろうと勝手に解釈した。
きっと彼女なら俺に名前を付けるだろうとも思う。
彼女が付けてくれた名前なら何でも喜んで受け入れれる。
だから俺は、今後レーグと名乗ることにした。
「レーグ・・・左様でございますか、では改めてレーグ様この度は・・・」
シュンッ!!!
俺は右手に光りの剣を生成し奴隷商に向けた。
奴隷商は全くリアクションもなく佇む。まるで俺がこうすることを予期していたかのように。
「まずは、その面をやめてもらおうか、表情の話じゃない」
「ふふふふ、そうですか・・・。まさか正体を見破られたのが奴隷のあなたとは、実に愉快です!」
奴隷商はまた笑みを浮かべた。
両手を大きく広げた瞬間バフンと音を上げて煙を撒き散らした。
「ふふふっ、改めて自己紹介をしようレーグ君、私は奴隷商の『ローズマリエス』気軽にローズと呼んでくれたまえ。以後お見知り置きを」
煙の中から小太りの男が消えスラッとしたスタイルの女が現れた。
自分のスタイルがくっきりとわかるような紳士服に身を包んでいた。
身長は俺と同じくらいで長く赤い髪の女。そして狐のような耳と尻尾が姿を現した。
ローズ、それがこの獣人種の亜人の名前なのか、偽名なのかまではわからない。
俺が再びこいつと出会った瞬間に見えなかったモノが見えた。
それは小太りの男の姿の時に魔法が掛けられている流れのようなモノがはっきりと見えた。何かを隠しているとは感付いた。だからまずは脅しも含めてこいつの身ぐるみを剥ごうと考えたが、まさか中身が女だったなんて思いもしなかった。
「驚いてるようだね、君がここまで表情豊かになるとは思いもしなかったよ。商売の為、あの姿になっていたと言えば今の君は理解するだろう?」
商売の為、単純な答えとして女の奴隷商なんてあまり聞いたことがない。信用問題が肝な商売なら姿を偽っていても不思議ではないということか。
「本題に入る、この俺の奴隷紋を今すぐに消せ」
「それは無理だ」
即答だった。本当に俺の考えが全てわかっているかのように回答してくる。
だがそれもこちらとしては想定内だ。
「なら、消す方法を教えろ」
俺はこれからこの身一つで生き抜かなくてはならない、彼女との約束を果たす為にも、彼女がくれた全てを。
その為にもこの奴隷紋が一番に邪魔だ。
一目見て奴隷だとわかられては支障が出るに決まっている。
最低限、世界に溶け込む為、自分の安全を保障させる為にもこの奴隷紋を消すことから始めないといけない。
俺が生き抜くために真っ先に思い付いたのがそれだ。
「ん~~~、はっきり言おうと~」
まるで可愛い子ぶってるかのように首をかしげ人差し指を自分の唇に当てるローズ。
非常に腹が立つ仕草だ、年齢は絶対に俺よりも上なはずなのに。
「私も知らないんだな~これが」
俺の中の全身全霊を使ってローズの表情を読み取ろうとする。ただでさえ底知れぬような亜人だ。
さっきから気が散る程に尻尾を振り続けている。
駄目だ、いくら魔力や力を手にしたからと言って人の表情や内に隠している物を読み解くことが出来るようになったわけではない。
「本当、なのか」
「あぁ・・・嘘はついていないよ」
もはや素直に嘘か本当か聞いてしまう自分に飽きれてしまう。
だがそれがわかっただけでも収穫かもしれない。
まだ完全に諦めるには早いが、もしかしたら本当に無いのかもしれないという域までに思考を拡大することは出来た。
今後の方針は変わらない、この奴隷紋を消す方法を模索しながらどうやってこの世界を生き抜くかを考える必要がある。
「では、変わりと言ってはなんだが・・・一つ良い事を教えよう」
「っ!?」
俺が突き出している魔力の剣にローズは自らの首を近付けた。
その行動に何の意味があるのかわからないでいたが、その理由を俺は思い知らされた。
「うぅぅ!!!あぁああああ!!!」
左頬が光り出した。
焼けるような痛みが俺を襲った。久しぶりの痛み。
脳が焼ける、全身が震え連鎖するように痛みが増幅していく感覚だ。
痛覚が戻ったのか、そんな訳ではない。
これは・・・一体なんだ。
「ふふふ、それは君が・・・奴隷の逆神のスキルを会得してしまったから出る症状さ。その痛みは奴隷契約時の痛みの数百倍、気絶するのではなく本当に死に至るモノ。なのに・・・やはり君は素晴らしいね、私が思った通りだ。それを耐え抜くなんて」
死に至るだと。
こいつそれをわかっていてやったとでも言うのか。糞野郎が。
すぐに理解した、この痛みの原因、発症条件。
人間を殺そうとすると生まれる物か。
「このスキルの弱点、心が擦り減りながらもようやく手にした奴隷は多く居た。だが悲しきかな、どうしてもその力を振るいたくて振るいたくて仕方なくなる、説明をしても止めることの出来ない衝動。 そう、復讐に使おうとして死んでいく者は数知れなかったよ」
「くっ・・・!!!」
これがこの力の代償というわけか。
俺はあの神災で手にした力。
奴隷の逆神というスキルを解放してから様々な力を会得した。たった今ローズにしていた魔力の剣もその力の一種だ。
悔しいがローズの言う通り、この力があれば何とでもなる思っていた。
最強のスキルを手に入れた、これなら何人足りとも俺を妨げる人間はいないとまで考えていた。
甘かった。
こんなにもすぐに路頭に迷いそうになるとは思わなかった。
「安心した前、私は君の敵になるつもりは毛頭無い。先ほどからわかるだろう? 私は君という奴隷を誰よりも一番に歓迎しているのだから」
演技かかった仕草で両手を広げるローズ。
何をどう考えているのか、ローズの思考が全くわからない。
だが、おかげで命拾いしたのは事実だ。これがもし何も知らない状態で俺に敵対したいる人物が目の前に居た時に発症していたら間違い無く俺は死んでいる。
痛みを耐え抜いたとしても武器を持ち敵対する人間が居たら確実に俺は殺されているだろう。
「はぁはぁ、なら・・・全部を教えろ、このスキルの事を全部!」
確かに俺は直接ローズを殺すことは出来ないのかも知れない。
だが相応の事は出来る。何か思い付くわけじゃないが俺に何かしらが出来る力は持っているのは確かなんだ。
「私は知っていることしかわからないよ、君が何を知りたいのかは知らないがね」
ニヤついた表情で答えやがる。
スキルの代償が無ければすぐにでも殺してやりたいのに。
とはいえ、一度冷静になる。実際俺はこいつから何を聞き出したいのかわからないでいる。
当然これからの人生相談なんて死んでもしたくないし、奴隷に戻って檻の中で次のご主人を待つことなんて論外だ。
だとすると・・・。思考が全く働かないことに苛立ちと焦りを覚える。
「ならば一つだけ、道導を授けよう」
ローズは佇んでいる俺に近付いてくる。
そして俺の左頬に触れた。
「っ・・・!?」
その瞬間奴隷紋が光り輝き俺の視界に大量の文字が出現した。
思わぬ事に俺はたじろぐ。が、俺はこれを一度だけ見たことがあった。
それはあの神災の時、奴隷の逆神を手に入れた時に見たモノと酷似している。
「それは君の力を補助する為の物、ストレージを見てみるといい」
ストレージ?
ふと出現した文字の中からストレージの文字を探し見つけた。
するとストレージの文字が光った瞬間に大量にあった文字が消え、一つの文字だけが浮かび上がった。
- 嘲笑魔女の素材×10 -
なんだこれ・・・。・・・まさか・・・。
俺はストレージの文字を光らせた時を思い出し同じ要領で聞いたことのない言葉の素材の文字を光らせた。
- 取り出しますか? はい・いいえ -
思った通りだ。すぐに俺ははいを選んだ。
すると再び奴隷紋が光り輝き出し目の前に大量の光の粒子を形成し一つの宝石のような物を生み出した。
宙に浮くその宝石を手に取った。
見た目は綺麗とは言える物じゃないただただ不気味な物だった、強いて言うなれば先日殺したあの神災のディザスターに似た色合いの・・・。
「・・・ドロップアイテム」
「その通り、それは君達、奴隷にしか手にする事の出来ない代物さ。奴隷の逆神の能力の一つ、発動条件は簡単、ディザスターを一度でも攻撃すれば手に入る物なのさ、アイテム効果はそのディザスターによってそれぞれ、しかもそれは奴隷である君にしかわからないのさ」
興奮しているのかとにかく早口でローズは説明をした。ある意味でこの女の人間性を垣間見たような気もしたが変に反応しないでおいた。
アイテム効果。確かにローズの言う通りだった。
取り出すかどうかの時に詳細説明という言葉が目に映った。
つまりはこれは使用することが出来るアイテムだということが良くわかった。
「もしかしたら・・・君が望む物が、そのドロップアイテムとして生まれてもおかしくないと思うがね?」
早口で言い聞かせられたと思ったら今度は真逆にゆっくりと舐めまわすように俺に促す。
俺が望む物、つまりはこの奴隷紋を消すアイテムがディザスターを倒してドロップする。
可能性があるということか。
それはつまり。
「俺に、神災に挑めと言っているのか?」
「い~や、可能性の話をしたまでさ。私が言えることはディザスターを倒した時に得られるアイテムは通常では手に入らない、それこそ奇跡に近い力を授けるアイテムだと聞いている、万病を直す力、多属性の同時エンチャント付与、どんな攻撃も受け付けない防具、最強の・・・武器」
可能性は無限にあるということか。
現時点では奴隷紋を消す手段は無い、が奴隷である俺は神災のディザスターを倒しアイテムをドロップする事が出来る。
そしてそのアイテムは奇跡に近い力を発揮する・・・と。
いいだろう。
この女に唆されたようにも思えるのが癪だがその話に乗ってやる。
あの子の願いと真逆な事をしているのはわかっているが、それでもただ奴隷として怯えて生き抜くよりも良い。
「では、話しは以上かな?」
「あぁ、もう顔を合わせることはないと祈る」
やることは決まった。
ディザスターを狩る。そして力を蓄えつつ奴隷紋を消す。
それが俺の目標だ。
どれだけの道のりになるかなんて想像もつかない、ただでさえ俺にはスキルの代償でとてつもなく不便だ。
違った形で人々に怯え奴隷として生活を続けなくてはならない。
それでも、やらなくちゃいけない。
どんなことをしてでも生き抜く為にも。
「餞別だ、受け取りたまえ」
一枚の大きなマントを投げて渡された。
これで格好を紛らわせということか。恩着せがましい女だ。
俺は決めた。
そしてそれを口にした。
「次に会う時は、奴隷紋を消して・・・あんた殺してやる」
「あぁ、楽しみにしているよ・・・レーグ君」
こうして俺の旅が始まった。
神災を求めた旅が。
人々は神災を恐れ嫌う、だが俺はその逆だった。
正直またこの町に再び神災が起きないかと思えるくらいに。
当然人々の被害なんて知った事じゃない。
奴隷の天敵である人間。
人間の天敵である神災。
そして・・・神災の天敵は・・・奴隷。
ようやく理解した、今のこの世界の流れを。
奴隷である俺が生き抜くために必要とする手段。
人々が怯える神災を・・・喜ぶ事だ。
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