逃亡 と 決意


 俺は目を見開いた。

 何かが起こった事がわかった。それが何なのかはわからない。だけどそれは起こった。

 ふとルキーに目をやるとルキーもゆっくりと目を開け起きた所だった。それを見て改めて確信した。


 すぐさま俺は隙間、唯一外が見える小さな穴を見た。

 時刻で言えばまだ昼の12時過ぎたくらいのはず。俺達が眠りにつく前までこの地下を明るく照らす事が出来るほどの晴天だったはず。


「まさか、これって・・・」


 ルキーも体を起こし俺の隣で一緒にその状況を確認していた。

 晴れやかな晴天とは真逆の光が俺達のいる地下まで降り注いでいた。


 赤い空の日差し。


 見続けると気味が悪くなるんではないかと思うくらいのものが俺達の目に飛び込んでいた。


 その異常事態にルキーはすぐさま牢屋の出入り口へと向かい扉を叩き始めた。


「誰か!! 誰かいませんか!!」


 ドンドンと扉を叩く音だけが響く。当然のように返事は一切なかった。

 それでもルキーは扉を叩くのを止めなかった。


 そして状況が徐々に変わっていくのがわかった。


ゴォォオオンッ!!!


 何か巨大な物が大地に激突した音が響く。同時に地震のように揺れ動いた。

 ルキーはその振動でよろめいて転びそうになっていたがなんとか受け止める事が出来、感謝された。


「嘘・・・まさか・・・『神災』」


 呟くように言ったルキーの言葉に俺は脳内から突然何かが飛び出したような感覚に襲われた。


 神災。


 その言葉の意味が思い出された。

 それは突如現れる者、原因も何もかもが不明慮の現象。ただわかることは、空が赤くなり空から大型のモンスターが地上へと降り注ぐという物だ。

 世界全体がこの自然現象の対処に躍起になっている。


 神から与えられた試練の災害。


 誰がそんな事を言ったのかなんかわからないが、この現象の事を神災と呼ぶようになった。


「どうしよう・・・」


 受け止めた腕の中でルキーが震える。

 何があるかわからないのに俺達はただここで待つことしか出来ない。


 何を待つ?


 一体俺は何を期待しているというのだ。ご主人達が俺達を助けにくるのか。

 奴隷であるだけの俺達を。

 気配を探るもこちらの地下へと向かってくる者を感じない。もう屋敷の者達は俺達を置いて避難している可能性が高い。


ゴォォオオンッ!!!


 再び巨大な音と共に地面が揺れ動く。

 神災のモンスターが降り注いでいるのだとわかる。そして外がパニックに陥っている事も良くわかる。


「・・・・・・」


 目を瞑りまるで祈るようにして小さく丸まっているルキーを見る。

 恐怖心が身体を支配しているのがわかる。このままここにいた方が安全の可能性だって確かにある。


 だが自分達が居るのは地下だ。いつ屋敷が崩れここが崩落して生き埋めになってもおかしくはない。


 ならば・・・・・・。



&#*+{*?>*`+>?*+$= 会*+”#`得。



 なんだ?

 俺は目の前の扉に目を向けた瞬間何かが脳裏、いや視界に見えた気がした。突然の事でわからなかった。


 頭を振るい改めて目を見開く。目線はこの牢屋の出入り扉へ向ける。


「え・・・?」


 ルキーの肩に触れ俺から離した。

 そして何年振りかわからない、力を入れるという行為を実行した。


ガァアアンッ!!!


 俺は出入り口の扉を蹴った。


ガァアアンッ!!!


 もう一度蹴る。

 何故だろう、予想以上に体が動いた。アドレナリンが出ているかわからない。それでもここまで自分の身体が動いていること、力を込めて蹴る事が出来ていることに俺は驚いていた。


ガァアアンッ!!!


 何度も何度も蹴り続けているとユラリと扉が動いたことがわかった。

 ほんの少しだけ隙間が出来た。


 これなら・・・。


 改めて力を蓄える。牢屋の奥へと移動し一気に駆け走る。


ガシャァァアアンッ!!!!


 俺は扉と共に外へと飛び出した。

 元々古びていたのはわかっていた、奴隷を閉じ込めるだけの施設に設備を整えるなんて事はしないのもわかっていたがそれが不幸中の幸いだった。


 倒れた俺にルキーは駆け寄る。

 俺はすぐに立ち上がり首を立てに振るい大丈夫だと告げる。

 安心したルキーはすぐに地上へと続く扉へ向け走り、先ほどと同じように扉をドンドンと叩き叫んだ。


「誰か!!! ご主人様!! 誰かいないんですか!!」


 結果も先ほどと同じだった。

 思った通り、もうこの屋敷には誰も居ないのだろう。


 改めて扉を見るもさっきと同じように蹴り破るのはほぼ不可能だろうと思う。

 取って付けたような扉では無いのは誰が見てもわかる。中からだけで無く外からも簡単に入ることが出来ないような厳重な扉だ。

 もしかしたら今も助けを求めているルキーの声が届かないような防音もされていても不思議では無い。


 そうなると、ここから脱出する方法は、もう一つしかない。


 俺はすぐにルキーの手を取り地上へと続く扉とは反対の方向へと足を運んだ。

 そう、俺達が毎日のように通っている場所。


 地下の更に地下、下水路だ。




「・・・・・・いきます」 


 地下へ続く階段前で立ち止まり俺はルキーを見たがすぐに返事が返ってきた。

 ルキーも意を決していた、先ほどまでの震えるだけの彼女はそこには居なかった。


 すぐに俺達は支度を始めた。とは言う物の持っていく物なんてほとんどなかった。

 手に持っている物と言えば掃除用の棒一本のみ。

 ルキーに灯り役だけを任せ俺が先行する形で足を進める。


ゴォォオオンッ!!!


 再び巨大な音と振動が起きる。

 流石に最下層なだけあるからか揺れは少なく足を止めることはなかった。


 俺達二人はただ前へ進んだ。

 ここ数日仕事をしただけではあるがある程度の構造は把握している。

 音の距離などを考えて出来るだけ遠くに逃げるのが先決だと思いルートを選ぶ。

 迷宮ダンジョンのような水路、膝までの水に浸かりながら進む。


「あ・・・あれは」


 ルキーは灯りを上にあげて奥を照らしてくれた。

 奥まで見える、そして何かがこちらに近付いてくるのががわかった。


「はぁ・・はぁ!! おーーい!!誰かいるのか!!?」

「助けてくれー!!」


 複数の人間がこちらに近付いてくるのがわかった。

 ルキーの灯している明かりに寄ってくるかのように近付いてくる速度が上がってきた。


 もうお互いの顔が見えるほどの距離にまで接近した。


「お前、その紋様・・・奴隷か!?」


 先頭を走ってきた男が俺の顔を見て表情を変えた。

 そしてルキーに目をやる。


「それを寄越せ!」


 俺達が奴隷だとわかった途端に態度が変わったのは明らかだった。

 男はルキーから灯り用のロウソクを奪い取った。


「あっ・・・!」

「へへへ、これで何とかなりそうだ、おめぇらさっさと行くぞ」

「はいっ!!」


 灯りを奪われ男達は俺達が通ってきた道を戻るような形で遠ざかっていった。

 それを俺はルキーと一緒にただ見送ることしか出来ないでいた。さっきまでの止まることなく歩んできたのに一気に不安に押しつぶされそうになってしまう。


 きっと俺なんかよりもルキーの方が・・・。


 そう思い、俺はルキーの手を握る、離さないように。

 暗くて見えないがきっとルキーは俺を見上げる気持ちを切り替えただろう。

 俺の手を離さないように強く握り返してきたのがよく伝わった。


 感覚なんてものはとっくに無くなった物だと思い込んでいた。ここ数日何度かルキーの手に触れ合うことは多かった。

 だが今初めてこの手は小さくも強い手なんだと実感した。

 俺と同じ奴隷、俺なんかよりも一回り以上小さい体のはずなのに常に他人の俺を心配し続けずっと面倒を見てくれていたルキー。


 今この瞬間。

 

 俺は彼女という存在を初めて認識したように思えた。

 ここから脱出する。

 それからの事なんか思い付かない。ただ一緒にここから無事に出ること。

 

 二人で生き残りたい、そう考えるようになっていた。





「出口・・・」


 ルキーが呟く。

 光が見えた。


 俺達を待っていたかのような光が。俺達が求めて止まなかった光りがやっと顔を出した。

 外に出られる。


 やっとここから出られる。



 俺達は不思議と歩く速度が上がった。

 高揚感がそうさせたのだろうか、バシャバシャと水を掻き分ける音が早くなる。



 これでようやく・・・外に・・・。












「ぎゃぁああああああ!!!!」


「助けてくれー!!!」


「うあぁああああああー!!!」


「誰かぁぁああ!! う、うわぁああああ!!!!」




 悲鳴が突如として耳を刺激した。

 咄嗟にルキーの肩に触れた。


 俺達は確かに無事に外に出ることが出来た。

 だが俺達を待っていた物は無慈悲な物だった。


 空を飛び交うモンスター。

 逃げる人々を追いかけ回すモンスター。

 人を殺し、その死体を食うモンスター。


グォオォオオオオオオオオォォォオォオ!!!!


 地を揺らすほどの巨大な咆哮。

 次々と町を壊し始めている巨大なモンスター。


 その光景に俺達は立ち竦む事しか出来なかった。


「ぁ・・・ぁあ・・・」


 恐る恐るルキーは指を差した。俺もその方向へと目線を送ったら俺は目を見開いた。


「やめろ!!! お前等!! どうにかしろ!!」

「無理だ・・・わ、私は・・・!!!!」


 俺達二人が見知った人間がそこにいた。

 そう、ご主人と執事だ。


 逃げ遅れたのか、それとも逃げ回った結果そこにいたのか。

 中型ゴブリンに迫られていた。


 そして執事はご主人を置いて俺達とは別の方向へと一人逃げていった。


「き、貴様!!!!」


 それをご主人は一人怒鳴り散らしていた。だが意味なんてなかった執事は振り返る事もせず必死に逃げていった。


「来るな!! 来るな!!」


 お得意の鞭を振り回しモンスター達を近寄らせないようにしている。

 俺達にしてきたような威勢は一切感じられなかった。ただ大きく振り続けるだけの様子をモンスター達に披露しているだけだった。


 それに嫌気を差したかのように一匹のゴブリンが振り回していた鞭を捕まえご主人の手から奪い取り投げ捨てた。


 ご主人の鞭は偶然にも俺達の方へとポトリと落ちた。


「お、お前・・・達・・・」


 鞭を追ったご主人の目線と俺達の目線が合った。


「私を・・・助け・・・!!」


 それが最後の言葉だった。

 一匹のゴブリンの巨大な棍棒がご主人を上から叩き潰した。


 それを合図にしたかのようにオオカミ型のモンスターなどの小型のモンスター達が一斉にご主人の死体へと群がり俺達はご主人の姿が完全に見えなくなった。


 これが・・・人間の最後。

 呆気ないのか、自分が思っていた終わりとはこんな物なのか。


 こんなにも簡単に終わりを迎える物なのか。モンスターが群がっている光景から目を離せないでいた。


「い、行きましょう・・・」


 唖然としていた俺の手を引きルキーは足を進めた。

 彼女は一体どういった気持ち今の光景を見ていたのだろうか。あれを見たというのに俺を引っ張る。


 どれだけこの子は・・・彼女は強いんだ・・・。



キィィイィイイイイッ!!!



 思いに耽っている余裕なんて無かった。

 俺達の進行を妨げるようにコウモリ型のモンスターが立ちはだかった。


 すぐにルキーを背後に隠し棒を手に持ち襲いかかるコウモリを迎撃する。


 だが、一切攻撃が効かない。

 それどころか、次々と同じモンスターが集まってくる。

 これではさっきのご主人と同じだ。ただされるがままにこのままモンスターの餌食になるだけだ。


 そんな訳には・・・いかない!


 隙を見て俺はルキーの手を取り走り出した。

 当然コウモリもこちらを追ってくる。逃げ切れるとは思ってない。


 だが・・・。



ガキンッ!!



 コウモリを一匹仕留めた。続けてもう一匹と倒していく。


 俺が逃げた方向、それは武器屋だった。

 下水路から出た場所がその武器屋が近くにある事を俺は思い付いた。ルキーから神災という言葉を聞いた時と同じ様に頭に浮かんだのだ。

 そしてさらに幸いな事に武器屋の中に入る前に剣が落ちていた。恐らく俺と同じ考えの奴が居たのだろう。拾った剣の近くには見るも無残な赤い塊が転がっていた。


 だが今はそんな物に目を配る余裕はない。


キィイィッ!!?


 襲いかかるコウモリ次々と倒す。この剣が優秀なのかわからないが振りかぶった俺の攻撃が当たると一撃で死んでくれている。

 倒されたコウモリは死骸にならず次々と黒い粒子になってその場から消えていった。


 俺の記憶では、神災で現れるモンスターの死骸は残らない。

 倒したモンスター達は次々とその場から消えていく。今目の前で起きているように何も残らずに消えていくのだ。



 そして群がってがってきたコウモリの最後の一匹を仕留めた。



 息が荒くなる。肩が自然と上下する。

 疲れだ。

 まるで初めて味わったかのような感覚に襲われる。これ以上は難しいと体全体が告げていた。


「こっち!!」


 道中の真ん中で息を荒げている俺の手を取りルキーは民家の中へと入った。

 バレる可能性はあるもその場に立ち止まっているよりもいいのは間違いなかった。

 冷静に状況を判断してくれて本当に助かる。俺達は民家の中で身を潜むことにした。




グルルルルルッ!!!


 一匹の中型のオオカミモンスターが俺達の潜む民家の前へと現れる。

 呼吸を整えたい気持ちを抑え息を殺す。

 すると、オオカミは匂いを嗅ぎ続けながらも、俺達の隠れている場所から姿を消していった。


 ふと自分達を確認した。

 ドブ臭い仕事を続けてきたのが原因だと思った。いくら魔法で匂いを消そうにも所詮は小さな魔石の力程度では全ての匂いを完全に消しきることは出来ない。

 そして何より俺達は外に出るまでそのドブ臭い通路を通ってきたんだ。


 下手に動くよりもここで身を潜めた方が安全なのかもしれない。そう考えルキーを見るとルキーも同じ考えを持っただろうと首を縦に振ってくれた。


「うん、まずはここでジッとしてよう」


 泣きじゃくりたい気持ちを必死に抑えた顔を俺に見せた。

 それでもここまで来たら生き残りたい、そんな表情だった。


 希望はまだある。

 


 奴隷である俺達がこのまま生き残って保護されたとしても恐らくはすぐに戻さる可能性は高い。それこそまた奴隷商の市場に戻され新たな主人を待つ日々に戻るだろう。


 そうしたらルキーとは・・・。



「まずは・・・生きよう、ね?」


 俺の手を強く握ってくれた。

 ここへきてまだ自分よりも俺の心配をするなんて。本当に彼女は凄いなと実感する。

 ルキーの言う通りだ。


 まずはここを意地でも生き残る、・・・二人で・・・。




 そう決意した・・・。



 だがその決意も神災は嘲笑うかのように俺に更なる試練を与えた。


 

  



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