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 驚愕したよ。

 なにがって、わたしが家に戻るとそこにわたしを殺した男がいたんだもの。しかも、しかもだよ。そこで芳恵と一緒に暮らしていたんだよ。

 夫を殺した男と妻が一緒に暮らす、これがどういう意味かわかるかい? 妻も共犯だったってことさ。芳恵もわたしを殺す片棒をを担いだんだよ。


 ……きみは気づいていたよね。いや、わたしも本当は薄々気づいていたんだ。男がいきなり押し入ってきたとき、芳恵はそいつの後ろに隠れたんだからね。


 でも! なにかの間違いであってほしいって思ってた……。芳恵がそんなことを画策してたなんて考えたくなかったんだ。

 だけど、現実は残酷だった。芳恵はわたしを殺した男と仲睦まじく暮らしていたんだ。用意周到にわたしの捜索願を出した後にね。


 ここで気になるのは男の素性だよね。少なくともわたしは男のことを知らなかった。

 正直、わたしの知らない男と芳恵が知り合うきっかけなんかなかったはずなんだ。束縛していたから、さ。


 さて、芳恵はどうやって男と知り合ったでしょう?

 クイズだよ。こういうのも挟んだほうが飽きないでしょ?


 え、なに? マッチングアプリ? ブブー、はずれー。

 正解は『男の正体が配達サービスの配達員だった』でしたー。


 配達が来るのはいつも平日の日中だったからさ、どんな奴が配達しているかまではわからなかったんだよ。配達員を女性にしてくださいなんて無茶もいえなかったしね。

 ……憶測でしかないんだけど、芳恵にとってその配達員の男が唯一といっていいくらいの外との繋がりだったわけさ。だから、きっといろんなことを男といっぱい喋っていたんだろうな。そしたら、そのうち互いに想うようになっていたんだろう。


 ま、男の素性はいいとして、わたしは怒りではらわたが煮えくり返る思いだったよ。わたしの家でわたしを殺した奴らが暮らしているんだもの。だから、こいつらを呪い殺してやるって決意したんだ。

 ……決意した、そこまではよかったんだ。でも、わたしは幽霊になったの初めてなわけだし、もともとオカルトに詳しいわけでもない。

 つまりなにがいいたいかっていうと、人を呪い殺す方法なんてわからないわけさ。


 そりゃあ色々試してみたよ。空を飛んだときみたいに念じてみたが、いくら強く呪ってみても芳恵達はピンピンしていた。

 それなら物理攻撃だと殴りかかってみたりもした。……結果はもちろん本当の意味で空振りに終わったけどね。

 とにかくふたりを殺してやろうと試行錯誤していたわけさ。そうなると必然的に芳恵達のすぐ側に四六時中ついて回ることになるわけだ。


 そんなことを何日も続けたら色々と見えたんだ。なにがって、そりゃ色々さ。見たかったもの、見たくなかったもの両方含めてね。

 たとえば芳恵とわたしを殺した男が愛し合う姿とか。これはつらかったね。……わたしって心底自分勝手だよな。愛は枯れていたはずなのに、わたし自身浮気をしていたはずなのに、芳恵が乱れている姿を見てやきもきしちゃうんだから。


 でも見れてよかったものもあった。

 ――それは芳恵さ。

 芳恵はわたしがいなくなってから化粧をするようになった。そして、よく笑うようになっていた。その顔はそれはそれは美しいと感じたよ。


 おかしな話だよな。わたしは人生の大半を芳恵と共に過ごしたはずなのに、彼女のそんな姿なんてほんの一時しか見なかったんだ。そう、わたしが芳恵をそんな見惚れるような笑顔にさせたのなんか、彼女に告白をしたあの日くらい。

 そして気づかされたんだ。確かに芳恵達はわたしのことを殺した。でも、わたしは芳恵のことを殺していたんだって。


 だってさ、芳恵は人生の一番楽しいはずの時期をわたしの束縛によって台無しにされたわけだろ? 芳恵はわたしに束縛されていなかったら、その時間に何度あの素敵な笑顔になれたんだろう。そんなことを考えたらわたしは過去の自分をぶん殴りたい気持ちになっていたよ。

 そしたらさ、わたしはいまなにをしてるんだろうって話になるわけ。わたしは芳恵を殺し、芳恵はわたしを殺した。これでおあいこなんだよね。ここでわたしがふたりを呪い殺すなんて筋違いなんだ。そう思った。


 うん。わたしは芳恵達を許すことにしたんだ。

 許すと決めたら急にすがすがしい気分になれたね。心も体も軽くなった気がしたよ。ま、幽霊だから体は元から軽かったんだけどね。


 あ、それから、ついでの話になっちゃうんだけど、わたしの浮気相手の琉美のことなんだけど、わたしがいなくなってどんな様子なのかなって確認してみたんだ。

 そしたら笑っちゃったよ。ほかの男とよろしくやってたんだもの。まるっきり心配なんかしてないだよ。しかも、しばらく琉美の後をつけてみたら、わたし以外に3人の男がいることが判明したんだ。

 わたしの居場所はもうこの世界にはないんだと思ったね。

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