5


 ああ、もちろんまだ話は終わりじゃないって。


 意識を取り戻したときわたしは森に立っていた。まったく見覚えのない森だった。

 いまは自分が死者で幽霊であることを理解しているが、そのときはそうじゃない。わたしは見知らぬ男に殴られて気づいたら森にいたわけだ。まったくわけがわからなかったよ。

 とにかく状況を確認しなくてはと思って、わたしはあたりを見回した。すると、わたしの足下に驚くべきものを発見したんだ。


 ――死体だよ。わたしの死体が横たわっていたんだ。


 わたしはここにいるわけなのに、目の前にわたしがいる。しかも死体でだ。頭が変になるかと思ったね。

 しかも、よくよく見るとわたしの死体にはすでに蛆がわいていて目玉なんかは食い尽くされていた。あんまりの状態に思わず発狂しちゃったよ。


 いやー、人ってさ、本当に驚いたりしたときってぶっ飛んだ思考に至るもんなんだね。後々考えたら自分でもおかしいのは百も承知なんだけど、わたしはとにかく目の前のわたしの死体に群がっている蛆虫達をどかさなければって思ったんだよ。

 だからさ、自然と目のくぼみに溜まっている蛆共に手を伸ばしていたんだ。


 ――でも、触ることができなかった。わかるだろ。さっき見せた壁すり抜けと同じ。現世のものにわたしは触れないんだ。まあ、いま考えれば蛆虫なんかに触れなくてよかったけどね。

 目の前の自分の死体。そして、それに触れることもできない状況。ようやくわたしは自分が幽霊になったのだと自覚したね。


 呆然としてしまったよ。そして、これからどうしたらいいのだろうと考えた。


 答えはすぐに出た。わたしを殺したあの男に復讐する。そう決めたんだ。

 わたしは幽霊とかに詳しいわけじゃないけど、わたしがすぐに成仏せずにこうして現世にとどまっていたってことは、あの男に恨みをもってたからだと思ったんだ。だから、その恨みは晴らさなきゃならないって結論づけたわけさ。


 とはいえ、だ。わたしは見知らぬ森にいて、男の居場所もわからない。まさに八方ふさがりの状況だった。

 とにかく森を出なければ話にならない。わたしは北か南かもわからぬままに歩き始めた。


 でもさ、すぐに思ったんだ。

 わたし幽霊じゃん! 幽霊って空を飛べたりできるんじゃん! って。


 いや、幽霊経験なんて初めてだから実際に飛べるのかはわからなかったけど、ほら幽霊っていわれたら大体の人は宙に浮いている姿を想像するでしょ?

 だから、足をとめて目をつむり強く念じてみたんだ。「浮けー、浮けー」ってね。

 そしたらどうよ。本当にふわーって浮かんだんだよね。


 え? そうだよ、わたし浮けるよ。


 ――ほらね? ああ、確かにこれでも幽霊だっていう証明になったかもね。


 それにしてもさ、空を飛べるって最高だよ。ふわふわぁって風船みたいに飛ぶから、風を切るみたいな感覚こそないけど、やっぱり空からみる地上の景色は壮観だったね。

 そうそう、どこまで行けるか試してみたけど、普通に大気圏突破して宇宙まで出れちゃったからね。宇宙旅行に行きたかったらNASAのロケットなんかよりも、死ぬに限るってね。

 え? 酸素? なにいってんの? 死んでるんだから呼吸しなくていいでしょうが。


 って、話が脱線しまくっちゃったな……。とにかく、空を飛べたらどこに行くのも余裕ってわけ。わたしは森を悠々と脱出したんだ。

 でも、森から抜け出すことはできたのはいいけど、これからどうしたらものかって思ったんだ。わたしを殺した男の所在はわからないし、探す方法も思いつかない。

 だから、わたしはとりあえずいったん自分の家に帰ることにしたんだ。


 だってさ、心配だったんだよ芳恵のことが。そりゃ夫婦としての関係は終わっていたけど、10年以上一緒に暮らしていたんだ。気にはなるだろう、普通。

 そんなわけで、わたしは家へと帰ったんだ。

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