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 さてさて、そうしましたらお待ちかねのわたしが死んだ日の話になるわけですが――って自分で自分の死のことをお待ちかねっていうのも悲しいな。でもまあ、きみからしたらようやくかって感じでしょ? 

 あー、はいはい、無駄口しないで続きを話しますって。


 その日も特にいつもと変わらない一日だった。

 朝もいつも通りに起きて、いつも通り出勤し、会社でも一時間おきに芳恵に電話をかけ、仕事が終わると琉美とディナーを楽しみ、その後は琉美を楽しんだ。本当にいつもと変わらない一日だった。そう、帰宅するまでは。


 家に帰ると芳恵がいつものように玄関まで出迎えてくれた。そして芳恵はいつも通りわたしの上着を預かってくれた。

 ただ、その顔が変だった。思い詰めたようなそんな顔だったんだ。


 それでもわたしは気にせずに、ネクタイを緩めリビングに向かおうとしたんだ。そしたら芳恵がわたしの背中にこう声をかけた。「どうして上着から女性用の香水の匂いがするのですか?」って。「ここ数ヶ月ずっとこの匂いがします。どういうことなのか説明をしてください」ってね。


 それらの言葉にわたしはカッとなってしまった。


 わかってる。わたしにカッとなる権利なんてないってことぐらいさ。でも、感情てやつはときに理性を軽く飛び越えてしまうんだよ。わかるかな? いわゆる激情ってやつさ。

 とにかく、怒りを抑えられなかったわたしは、芳恵の頬をはたいていた。


 一応ここで明言させてもらうけど、わたしが芳恵に手をあげたのは後にも先にもこれっきりだから。いや、うん、それでも最低なことをしたのは変わらないけどね。

 芳恵は目に涙を浮かべながらもわたしをキッと睨んだ。芳恵のそんな顔を見たのは初めてだったので、そのときのわたしは睨み返しながらも内心ビビっていたよ。


 少し睨み合いが続いた後、芳恵が声を震わせながら「わたしは信じてた。わたしから自由を奪うのはあなたなりの愛情表現なんだと。だからわたしはいままで耐えた。でもあなたのほうが裏切っていただなんて……」といったんだ。


 なんの反論もできなかったよ。まさにその通りなんだからね。だから、眉間にしわをよせて芳恵を睨み続けることしかできなかった。


 その時だった。


 玄関扉が勢いよく開き、金属バットを持った男が押し入ってきたんだ。

 痩せ形で20代半ばの見たことのない男だった。

 わたしは強盗だと直感した。だから、とっさに芳恵に玄関に置いてあった電話の子機をとるように命じたんだ。


 芳恵はいわれたとおりに電話をとった。でも、その後の芳恵の行動はその子機をわたしに渡すでもなく、自ら110番にかけるでもなかった。あろうことか、その強盗の背後に隠れたんだ。

 おかしいだろ。わたしの後ろじゃなくって強盗の後ろなんだよ。でさ、わたしのほうもそのことに動揺しちゃってさ、逃げることも忘れていた。


 男が近づいてバットを振り上げているところでようやく、命の危機が迫っているって気づいたんだ。まあ、そんなタイミングで気づいたって後の祭りだよね。金属バットがわたしの側頭部にめり込んで一発でわたしの意識は飛んだよ。


 これがわたしの死の瞬間さ。享年32歳。若いよなぁ。まだ色々できる歳だ。ま、死ぬときはあっという間だったからさ、痛いとかそんな感覚もなかったってのがせめてもの救いかな。

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