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 え? 他人の恋愛話ほどつまらないものはないって?

 ああ、まあ、そりゃ、わたしだってそのくらいわかっているつもりだよ。でもさ、わたしの死に関係ある話だから省略するわけにもいかないんだよ。


 ということで続けさせてもらうよ。


 えーっと、どこまで話したんだっけ? そう、わたしは芳恵と結婚した。

 当時のわたしは籍を入れたからには、芳恵が自分以外の男と関わるのは浮気と同義と考えていたんだ。


 だから、わたしは芳恵に家から出ることを禁じた。


 男と関わらせないという点ではそれが一番合理的だといえるだろ? ほら、外に出なければ化粧やおしゃれを気にする必要だってなくなるしさ。買い物は宅配サービスを頼めば問題なかったしね。だから、本当に特別な冠婚葬祭以外で芳恵が外出するなんて月に一度美容院で髪を切るときくらいだったかな。でも、そのときは必ずわたしが女性の美容師しかいない店へと送り迎えをしていたけどね。

 とはいえ、だ。日中はわたしは仕事に出て家を空けている。その間、芳恵は自由に行動できてしまう。それじゃあどうするか。


 答えは電話だ。


 わたしは多いときには一時間おきに自宅へと電話をかけて妻の所在を確かめた。携帯のGPS機能も併せて活用し、万一にでも妻が外出したらすぐにわかるよう、盤石の体制を整えていたんだ。

 そんな中、芳恵が電話に出るのが遅いとき……とはいっても10コールくらい待たされただけなんだが、そういうときは彼女のことを激しくなじったりもした。そんなことをしたのも、いまとなっては後悔しているけどね。


 ……まあ、そんなわけで、きっと君はだいぶ前からわかっていたと思うけど、わたしは超がつくほどの束縛男だったんだよ。


 いまのわたしのキャラからは考えられないって? ははは、そうだよね。壁すり抜けを駆使して女風呂をのぞこうとかいっちゃうお調子者がそんなこと普通しないよね。

 んー、なんていうのかな。矛盾している言い方になるかもしれないけど、幽霊になって憑き物が落ちたような感じになったんだよね。まあ、正確な理由は後で話すけどさ。


 話を戻そう。

 結婚して数年経ち、相も変わらず妻を束縛していたわたしは、浮気をしていた。新人の事務の子で琉美るみという子だ。彼女はとにかく美人だった。一緒に歩けば男だけでなく女性すらも振り向かせてしまうほどにね。

 わたしはそれまで芳恵以外の女を知らなかった。だから、琉美との情事はとても刺激的に感じたんだ。わたしは、その若い体をむさぼるように求め、そして溺れた。


 外で美人で素晴らしい女性の肉体を体感した後に家に帰ると、妻の芳恵がすっぴんにTシャツという格好で出迎える。そんな日々を過ごしていると、不意に芳恵がみすぼらしい存在のように見えてくるようになっていた。

 だから、わたしは芳恵を抱くことができなくなっていったんだ。週に一回だったものが、月に一回、半年に一回とどんどん間隔が開いていくようになった。


 それでも、芳恵への一時間おきの電話やGPSでの現在地の確認を怠ることはなかった。愛は枯れていたというのにその行為はやめられなかったんだ。癖というか、何年も続けてそれが当たり前の日常になってしまったから。

 わたしは自分勝手な男だったんだよ。自分が浮気をして遊んでいるというのに、妻には外に出ることさえも許さなかったんだから。


 なんでそんな状態だったのに離婚しなかったのかって? なんでなんだろうな……。芳恵を心のどこかでまだ愛していたのか、それとも単なる独占欲か。

 ……いや、どちらも違うな。一番は世間の目だったんだと思う。ほら、学生結婚云々いったときもそうだったけど、わたしは変なところでそういうのを気にしてしまうちっぽけな男だったから、離婚してバツがつくことをどこかで恐れていたんだと思う。


 そう。最低だ。わたしは最低の人間だった。

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