遊園地
「きゃ~~~~~!」
「わぁぁぁぁぁっ!! あぁぁーーー!!!!」
隣の少女と共に叫びを上げる。
まずい、もうすぐ360度回転だ。間違いなく意識は飛ぶだろう。その前に何故こうなったか思い出さねば。
ついこの前、とある事情で入院していた俺はお見舞いにきた彼女と約束したのだ。怪我が治ったら遊園地に行こうと。それを聞いた俺は完治一週間のところを、三日で治した。人体は凄いな。
気付いた時にはジェットコースターを降りたところであった。
「あ、白目から戻った」
「半分ほど意識が飛んでたな……」
「ほらっ次いきましょ!」
意識を刈り取られていた俺と引き換え、彼女は今にもスキップしそうなほど上機嫌だ。花のような笑顔にどうしても気をとられてしまう。するとこちらの視線に気付いたのか、そっぽを向きながら口を開く。
「ち、違うわよ。あんたの退院祝いでっ、一人じゃ遊園地に行けないって言うから、私が仕方なく一緒に来てあげてるだけなんだからっ!」
「ああ、そうだな」
「べ、別に楽しくなんてないのよ!」
「問題ない、俺は楽しくて、嬉しいぞ」
「~~~っ! もうっ!」
ああ、そのコロコロ変わる表情を見ているだけで心が華やぐ。
「もうっ! ……あっ、あそこにお化け屋敷があるわ。入ったことないのよね、私」
「そ、そ、そ、そうか。は、はいらなくても、い、いいのでは」
「どうしたのよ……」
「あ、あそこにコーヒーカップあるぞ。回るやつ。回転は良い、男のロマっ、な、なにをする」
「い・く・わ・よ」
彼女に腕を掴まれ、お化け屋敷前まで連れて行かれる。俺は彼女が怖がらないようにだなぁ。
「ま、まぁいいだろう、俺は己の辞書の恐れという言葉を消し去った男だ、せいぜい後ろで震えているがいい」
「せいぜい期待してるわ」
そう宣言し。お化け屋敷へ入る。
ふっ、俺がどこまでも頼れる男だということを証明して……ん? 肩に手が。もう怖がったのかと横を見れば。
「やれやれ、怖がりだ……」
「それ、私じゃないわよ」
腐ったような色をした手首が俺をの肩を叩いていた。
「みぎゃああああああああああああ! おおおおおおあおああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
「あんたの声が一番驚くわよ!」
・
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・
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・
完璧な漢の背中を見せつけた俺はお化け屋敷を後にする。
「まったく怖くなかったな」
「あんた最後の方、隅っこで背中丸めてたじゃない」
「……記憶にございません」
「でも、子供だましかと思ったけど案外本格的だったわね、また今度別のところにも行ってみたいわ」
「そうか、楽しんでくるといい」
「あ・ん・た・と・よ」
「……前向きに検討する所存でございます」
「よろしくね!」
もしかして、もう次の約束をしてしまったのだろうか。
その後も俺たちは遊園地をこれでもかというほど堪能しつくした。
ゴーカートでは、共に速さを競い、
「地元ではトップ・ガンと呼ばれたほどの俺の操縦を」
「初めて乗るけど~~~!操縦は簡単なのね~~~!」
「なっ、俺より早いだと!」
フリーフォールでは落ちるスリルに身を躍らせ。
「生物はな、落ちるという感覚に本能的な恐怖を抱いて……」
「あ、もうすぐてっぺんね、そろそろ落ちるわ」
「や、やめ、オワァアアアァァアーーーーッ! ……ふっ」
「わぁ~~~! 落ちてる~~~! ……ふぅ、浮遊感凄かったわねって、気絶してる!」
昼食時は、彼女が持ってきてくれたお弁当に舌鼓を打ち。
「おぉ、またなんて豪華な」
「お、お金がもったいないから作っただけなんだから!あんまり期待しないで頂戴」
「それは無理な相談だな。ではいただきます……おぉこれは」
「ど、どう?」
「ふむ、味が前回より濃いな、まさか!俺の好みに合わせて!」
「ち、違うわよ!いい加減にしなさい!偶然よ!ちょっと味付けに失敗しただけなんだから!」
「そうか、いやぁやはり旨いな。こんな極上品を食べられるとは、思わぬサプライズだ。怪我の巧妙という奴か」
「バカ言ってんじゃないの……別にいつでも作ってあげるわよ」
「そ、それは流石に申し訳が」
「もうっ、変なところで遠慮しないの!じゃあまた今度作って来るから」
「あ、あぁ、お願いします」
メリーゴーランドでは何故か一緒に乗り。
「まさか二人乗りできるものがあるとは」
「そ、そ、そうねっ!」
「な、なぁ大丈夫か」
「こっち見ないでっ!」
「ぐぉっ!こ、こら、首を逆方向に曲げようとするな」
「だ、だって、近いじゃない……」
「!!、確かに、今離れっ」
「ここじゃ動けないでしょ……いいわよ、終わるまではこのままで」
「う、うむ……」
などなど、数々のアトラクションを満喫してる間にいつのまにか時刻は夕方へと変わっていた。至福の時間は短く感じるものだ。
「さ、いい時間だな。そろそろ帰るとするか」
「まって……最後にあれに乗りましょ」
そう言って彼女が指さしたのは観覧車だ。
あれに2人きりで乗るのか。それではまるで……。
「……いいのか」
「……いいのよ、ほらっいきましょ」
「うおっ引っ張るな、観覧車は逃げんぞ」
「あんたが逃げちゃうでしょ!ほら、急いで!」
そうやって観覧車まで連れてこられたあと、係員に案内され、その回るゴンドラの一つに乗った。係員がやけににこやかだったな。
「わ、綺麗ね、夕日が遊園地を照らしてる!」
「……あぁ、そうだな」
彼女は瞳を輝かせながら俺たちが今まで遊んでいた場所を見下ろしている。数々の遊具を夕日が照らし、オレンジと黒のコントラストが中々趣深い。だが、その景色よりも俺はその無邪気な姿に視線が吸い寄せられる。彼女も今日は楽しめたのだろうか。
頂上に差し掛かるころ、彼女がこちらを見ずに口を開く。
「今日は楽しかった?」
「当たり前だ……お前も同じ気持ちであると、嬉しい」
「私も楽しかったわ、今日の……」
一旦言葉を区切り、こちらに顔を向ける。それは今日一番の……
「デート!」
「……そうか」
ああ、そんなこと今日の出会いから分かっていた。いつもより着飾った可憐な姿。咲き誇る笑みを浮かべるその顔には、薄い化粧も載せて。そのような姿を誰とも知らぬ者のためには見せぬだろう。自惚れでなければ、俺に見てもらうために準備をしたのだ。その彼女はまだ言葉を続ける。
「まだ、やることが残ってるんじゃない?」
挑発的にこちらを見るその瞳には期待がこもっていて。だが俺にはまだその期待に応えることはできない。
「今はこれで許してくれ」
そう言って、頭を撫でた。いつかしたとき喜んだこと。それを自ら実行した。だけど彼女は少し不満げで、こちらを睨む。
「意気地なし」
「……すまん、ここではいささか時間が足りなくてな」
「なんの?」
「そうだな、覚悟を決める時間だ。もう少し、待ってくれ」
「もう、あまり気は長くないわよ」
「ああ、あまり長く待たせる気はない……多分な」
「そう、……期待しないで待ってるわ」
そう言ったきり、彼女は堪能するかのように、俺に撫でまわされるままとなっていた。いつかの時のように目を細め。
こうして彼女との初めてのデートの幕は閉じた。
もう、戻ることはできない。覚悟を決めねばならぬ時が来た。
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