告白

 ついにこのときが来た。

 緊張に震える体をなんとか進ませ、校舎屋上のドアに手を掛ける。


 その先に日光に照らされる少女がいた。こちらには背を向け、吹き抜ける風に髪を躍らせるままにして。こちらに気付いたのかくるりと振り返る。やはりその表情はいつものように、眉を八の字にして、少し不機嫌そうで。


「遅かったわね」

「すまないな」


 今日、俺は彼女に想いを伝えるために来た。

 告白が確認作業だと誰が言ったのだろうか。

 彼女とは少なくない時を共に過ごした。俺の好意は行動で伝えてきているはずだ、彼女からの好意も少なからず感じてはいる……俺の自惚れでなければ。

 だが俺の頭の中では戒めの言葉が鳴り響く。俺よりいいやつがいるではないか、今の関係性が壊れるのでは、そもそもただの友達としか見ていないぞ、と。


「なんなのよ、この手紙。[放課後、屋上に来い]としか書かれてなかったわ、まるで果たし状みたいじゃない」

「い、いや。そのつもりはなかった。これが作法だと聞いていてな」

「で、なんでわざわざ手紙で呼び出したの?」


 ああ、このような軽口も交わすことができなくなるのではないか。そう思えば口が開かなくなる。この時のために言葉も考えてきたのだ。枕を相手に練習もした。結果は上々であっただろう。だが、そんなものは今このときに無意味となった。

 互いの瞳を見つめあったまま、無言の時間が続く。このまま濁せば、いつものように……。ふと、視界になにか震えるものが見えた。それを追いかけ、視線を下ろす。

 その時、全てが分かった。俺がどれほど愚かであったかなど。


 震えていたのは彼女の指先であった。本当にかすかではあったが。視線を戻せば、それをこらえるように口を引き結び、瞳は揺れている。


 彼女も俺と同じか……。


 そう思い至れば、もはや止まらない。愚かな考えなど全て置き去りにして、口が開いた。


「好きだ」


 言ってやったぞ。

 彼女はそれを聞いた途端、目を見開く。一瞬のうちに相好が崩れ、瞳に大粒の涙を浮かばせる。

 まずかったか!そう思うな否や。


「私も大好きよ!」


 最も聞きたかった言葉を叫び、彼女は駆け出した。そのまま俺に飛び込み、胸に顔を埋め、抱きしめてきた。


「もうっ!……もう!どれだけ待ったと思ってんのよ!遅いわよ!」

「ぐぉっ……いやはや、待たせてしまったな」


 変わらないやり取りを交わしながら、恐る恐る彼女の背に手を回す。


「駄目よ」


 な、やはり調子に乗りすぎたか。


「もっと強くして、ぎゅっとして」

「あ、ああ」

「片手で頭を抱きしめるように撫でて」

「そんなこと、お安い御用だ」


 胸に当たる吐息がこそばゆい。

 まったく、わがままな娘だ。だが、もはや愛しさを抑える必要はない。言われるがまま彼女を抱すくめ、想いをこめて頭を撫でる。しばらくすれば、満足したのか彼女が面を上げる。


「そういえば、大事なことを聞いてないわ、気持ちは聞いたけど、どうしたいのかは聞いてないわね」


 挑発的な声音で言う彼女の瞳にもう涙は見えない。


「ふむ、忘れていたな、良ければ俺と付き合ってくれないか」

「おざなりか!……仕方ないわね、あんたみたいなの私ぐらいしか付き合いきれないんだから!」


 そんなことを言いながらも彼女は満面の笑みで。そして俺の背に回してる腕をもっと引き寄せる


「もう、こんなものじゃ済まさないんだから!今まで待った分を取り返すわよ!」

「かまわないが、どうするんだ?」

「付き合う前にやったことをもう一回やりましょ!あんたにお弁当を作って。あんたの作ってくれたご飯を食べて。お互いの昔話を話して。いっぱい撫でてもらって。病気になったら看病をしてあげて。またデートするの!」

「フッ、よくばりさんだな」

「それ以外のことも、いっぱい!ずっと一緒にね!」

「ああ、楽しみだ」


 これから先のことに想いを馳せる。そうだ、これだけわがままを聞くのだ。すこしぐらい前借をさせてもらおう。この距離ならばたやすいことだ。


 こちらを見る彼女の桜色の唇に引き寄せられる。こちらの意図を察したか、スッと彼女が目を閉じる。そういえばそれが作法だったな。俺も目を閉じ……。


「んっ」


 そして恋人を味わった。

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