入院
「全く、あんな馬鹿なことするからよ」
「め、面目ない」
呆れた表情でベットの横に立つ少女に俺は何も言い返せなかった。
「ま、まあ座るといい、椅子を出してやろう、……グッ、ぐおおぉ」
「こらっ! 安静にしてなさいって言われてるでしょ!」
「すまない……」
そのいつもは元気な声も今日ばかりは小さい。
結論だけ言えば俺は入院している。
経過を話せば先日、ひったくり犯を追いかけた後、何故か体が死ぬほど痛み出したのだ。地獄の苦痛に耐えながらなんとか病院に行けば、筋肉が至るところで断裂しているらしいと診断された。まるで筋肉が限界を超えた力で長時間活動したかのよう、らしい。日常運動可能になるまで数日はかかるそうだ。
……心当たりがないなぁ。
経過報告終了。
そんなこんなでしばしの入院生活を始めた俺に彼女はなんと見舞いに来てくれたのだ!
ああ、感謝で咽び泣きそう。泣いた。
「どうしたの! 痛むの!」
「いや、お見舞いに女の子が来てくれるという夢が初めての入院で叶ったと思ったら涙が」
「しょうもない夢ね……」
む、いつもなら「バカなこと言ってんじゃないわよ!」くらい言いそうだが……。
「そうだ、お見舞いにりんご持ってきたの、看護師さんに聞いたら食べて大丈夫なんですってね。……何故か答えた後凄いウインクされたけど」
「ん?ああすまない、そこに置いてくれれば後で……」
「一人じゃ食べられないでしょ、今切ってあげるから」
そう言って彼女は果物ナイフを取り出し、手際よくりんごを剥き始めた。
「いせたり尽くせりか」
「これぐらいは、当然よ」
それは少し、沈んだような声音で。
親切に当然などあろうはずはないのに。
「ほら、切ったわよ」
いつの間にか、紙皿の上に六等分されたりんごがのせられている。
「おお、ありがとう。さあ、次は女の子のあーんで食べさせて貰う夢を、なんてな……」
「いいわ」
な、場を湧かすための冗談を真に受けたのか!
そう言って彼女は爪楊枝にりんごを突き刺し、こちらの口元まで運んできた。落としても問題ないよう、受け手を添えて。
「ほら、口を開けなさい」
口先三寸で止まったりんごは口を開くのを待っていた。どうしたものか……。
戸惑いながらもりんごから目を離し、彼女を見ればそれは俺の望むものではなく。
口をひらく。だがそれは奉仕を受け入れるためではない。
「お前のせいではないぞ」
「……!」
ハッとしたあと、沈鬱な表情となった彼女は紙皿にゆっくりとりんごを戻した後、口を開いた。
「……でも、私に関係あるじゃない」
「一番悪いのは、ひったくり犯だ。次点で追いかけた俺。お前は巻き込まれた被害者だろう」
「
「俺が勝手にやったこと。男がつまらない見栄を見せたくて馬鹿をしただけだ。そんな大馬鹿者に女がすることはただ一つだ」
それは償いの奉仕よりよほど素敵な。
「笑い飛ばすのだ」
「えっ?」
「馬鹿で子供な男など笑い飛ばすのだ、さすれば痛みなど、恥ずかしさと共に吹き飛ぶものよ」
単純だからな、男という奴は。
ああ、でも彼女は驚きの表情をしだいにくずして。
「……ぷっ、ふふふっ」
「そうだ」
「あは、あはははは、可笑しいの、ふふ、笑い飛ばしてほしいなんて、あはははは! もっと何かあるでしょうに、ふふふ」
「それでいい」
ひとしきり笑い転げた彼女は、目尻に浮かべた涙を拭いながら言葉をつなげる。
「怪我人に慰められるなんてね、私も馬鹿だったわ。もう、早く治しなさいね」
「心配要らずだ、今ので9割型完治した」
「もう! そんなわけないでしょ。……でも、あなたが私のためにしてくれた事実は消えないわ」
律義なことだ。そう言ってしばらく考え込んだ後、何事かを閃いたかのように。
「そうだ! 治ったら一つだけお願いを聞いてあげるわ! お弁当を作るでも、部屋のお掃除でもいいわよ」
無邪気か。
フンスと腰に手を当て胸を張る彼女。
むぅ、口は禍の元だと分かってもらわねば。
「ふっ、ならば俺と遊園地にでも行ってもらおうか、一人ではなかなか行きづらくてな」
さぁ、先ほどの馬鹿は笑い飛ばすメソッドを……。
「い、いいわよ行ってやろうじゃない」
「なっ」
な、またこいつは。たしなめようと思ったが、彼女の顔を見た途端、二の句が繋げなくなる。
「……そ、そうか、よろしく頼む」
「う、うん……」
その顔はりんごの色を反映したかのように赤くて、されど口の端は綻んでいて。
俺たちは遊びに行く約束をしたのであった。
「忘れてた、ついでにあんたの夢を一つ叶えてあげるわ、ほら、口開けて!」
「む、なんのこと……ムグッ」
口の中に広がるのは甘く、酸っぱく。目に映るはとびきりの……。
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