【黒】吾輩は「うちの子でも見て癒されてください!」と投稿する奴の猫である。





 吾輩は猫である。名前はまだない。


 いや、正確には名前はある。「くろ」という有り体な名だ。だが吾輩はこの名前を自分のものだとは思っていない。呼ばれたことがないからだ。


 我が主人あるじは、スマートフォンといふものが好きである。


 我々ネコ科が、魚やまたたびの類を愛してやまないのと同じくらい、彼はひとときも手元から離すことが無い。暇さえあれば必死に指を滑らして、一人楽しげに笑ってゐる。そのろくに洗いもしない、汚い板きれに触れたあと、主人は吾輩に触れようとする。逃げようとしても、無理矢理に抱きしめられてしまう。吾輩としては嬉しくもあるが、それからすぐいそいそとカメラを向けられるのだから、まったく興醒めである。


 主人は吾輩をのが好きだ。


 吾輩をじかに撫でたり話しかけたりするよりも。


「さあおいで」


 時々想像する。


 その小さな丸いレンズの中に、煮干しからえぐり取ったような無数の目玉が詰められて。

 ぎうぎう音を立てながら、闇の奥からこちらをジッと見ている様を。


「みんな癒されてください。児童虐待も自殺増加もいじめもパワハラも。癒しさえあれば。ねえうちの猫を見て。うちの猫を。僕を。ほら。見て。見て。見て。」


 けれど吾輩は猫なので、


「……ニャア」


 とだけ言って、それ以上は、一切考えないで暮らしていられる。


 

 

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