【赤】異世界転生村八分




 異世界に行くと幸せになれるというので、その年、国中の多くの人がトラックに轢かれて死にました。




 ついに科学的な根拠が出てしまったのです……夢物語にすぎないと思われていた、「異世界転生」というシステムが完璧に解明されてしまったからには、みんな安心して死ぬことにしたわけです。



「死ぬのは悪いことです! 命を大切にしましょう」



 お役人たちにそう言われても聞く耳を持つ者はほとんどおらず、だって、そういう大人はいじめを発見したところで止めてはくれないし、何だかんだと言い訳するばかりで、世の中を良くなんてしてはくれないことを、若者たちはよーく知っていたのです。


「あなたの命は、あなた一人のものじゃない」


 この美しい言葉を皮切りに、やがて小さな戦争が起こりました……働く人がいなくなれば、国は滅んでしまいますから。なんとかして生かして、捕らえて、安いお給料で働かせたい。つまりはそういうわけでした。

 まあ、それでも、彼らに対立する人達にしてみればポンと死ねればいいわけですし、そもそもそういう人をこきつかって楽をしようなんて人たちには、良いアイデアを思いつく頭なんて残ってはおりませんでした。他人が自ら命を経ったとて、一切はその人一人だけの責任で、自分には一切関係ない……なんて考えるような人に、喜び勇んで死にゆく人びとを引き止められるわけもありません。


 そんなわけで、異世界転生が解明されたその年のうちに、国は滅んでしまいました。


 けれど、正確に言えば、一人だけ残っていたのです。異世界に夢を持たず、人の消え去った廃都市に住み続けることを選んだ、おかしな男がひとりだけ。





「これで、誰にも邪魔されないな」





 男は幼い頃からずっと、世間に馴染めなくて苦しんでいました。学校に通っていた頃、男は図書室で本を借りるのが大好きだったのですが、学校で読もうとすると、いつもクラスメイトにからかわれて、大事な本を奪われそうになることがしょっちゅうありました。

 だから男はまず、図書館の隅に寝ぐらを作り、そこで暮らすことにしました。そして日のあるうちは、外で狩りをしたり、野菜を育てたり、読書したりして過ごすことにしました。男は生まれて初めて満たされた気分になりました。誰もいませんし、今にも野生動物の襲撃や病気で死ぬかもしれませんでしたが、男にはあまり気にならないのです。陽の柔らかい光と、星々の瞬き、そして新鮮な空気。どんなに不安になった時でも、それらが生きる気力を与えてくれたのです。


 


「あちらの世界にも、太陽と月と星と空気があるのだろう。なら、ずっとこちらに残っていても、同じことかもしれない」




 男はそう思い、本当は本を飽きるほど読んだら死ぬつもりだったのですが、予定を変更し、もう少しこの世界で過ごすことにしました。

 



 男はたいそう、この静かな世界が気に入っていたので、歩く時もできるだけ静かに歩きました。音がするときは、どんな音であれ、貴重な楽器の演奏を聴くように、注意深く耳を澄ましました。男のお気に入りは、沢の水のせせらぎと、朝にさえずる小鳥たちの声と、裸足で草原を踏みしめるときの音でした。

 音を聞いていると、自分自身のことを客観的に見られるように思いました。水や鳥、草といった自然と一体になったような感じがして、男はずっと冷静に物事を見られるようになりました。




「そういえば、他の国もみんな同じようになっているのだろうか?」




 男はふとそんな疑問を持ち、そして一度疑問を持つと、他にやることもなかったので、確かめずにはいられなくなりました。やがて男は、廃墟や森から材料を集めると、海を渡るための船を作ってしまいました。



 その船で隣国に渡った男は、他の国々でも同じようなことが起きていることを知りました。


 そしてどの国にも、男と同じように、異世界に行かずにここに残った人々がほんの少しだけいて、今も細々と暮らしていることがわかりました。



「なんだ。国は違えど、俺たちは案外、似た者同士なのかもしれないな」



 みんな心細かったのでしょう、男が国々を回り、パーティーを開こうと誘うと、世界中から人が集まりました。各自が食べ物や飲み物を持ち寄って、楽しいパーティーが行われました。話す言語は違っても、やはり似た性格の人たちでしたので、しぜんと打ち解けまして、お酒の勢いもあってか「ここに新しい国を作ろう」ということになりました。彼らは思慮深く、引っ込み思案なところはありましたけれども、みんな一様に、以前の世界のどこがどんなふうにいけなかったかをちゃんと心得ていましたので、国作りはゆっくりでありながらも磐石に進んでいきました。





 さて、それから100年が経った頃。





 男らが作った国は、もうすっかり人口も増え、文明もそこそこに栄えたくらいにして、大人たちが子供たちに国の歴史を教えながら、みんな慎ましやかに暮らしていました。誰もが穏やかな性格で、協調性があり、争いが起こるといつも真っ先に自分自身を責め苛むほど、恐ろしく無垢な人びとでした。


 そんな国には、ひとつ奇妙な法がありました。


 それは、「もし誰かが異世界からやってきたことがわかったら、その者を刺して殺しなさい」というものです。この続きにはこうあります。




 彼らが幸せを求めてここに来たとしたら、ここには彼らの求めるものなど何もないのだから、やはりお帰りいただくしかないのです。



 



 




 

 


 

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