【黒】懲らしめ屋さん



 昔々のことでもなく、あるところに、懲らしめ屋さんという人が住んでいました。



 懲らしめ屋さんのお仕事は、悪いことをした人を懲らしめることです。

 悪いことをした人に、もう二度と悪いことをしようと思わなくさせるのが、懲らしめ屋さんのお仕事でした。


「ああ、よく寝た。

 さあて、今日も悪いやつを懲らしめるとするか」


 懲らしめ屋さんは朝、街に出て、まず懲らしめ屋さんたちの集まるお店に向かいます。

 懲らしめ屋さんというのは、たいてい街に一人だけでなく、何十何百といるもので、そういった人たちが役割分担をして、悪い人を懲らしめに行くのです。そのほうが、効率がいいですからね。


「やあ、おはよう!」


 懲らしめ屋さんは、みんな仕事熱心なので、朝早くから仕事をするのが大の得意です。その日ももうお店には、他の懲らしめ屋さん全員が、すでに集まってしまっていました。


「あら、おはよう。遅かったじゃない?」

「ええ? まだ仕事の始まるまで、十分もあるじゃないか。君たちのほうが早いのさ!」

「まあ、それも、そうね。ふふふふふ」


 そんなこんなで、お仕事を始める懲らしめ屋さんたち。今日は、ご本を書くようです。

「どんな本にしたら、もうだれも悪いことをしなくなるかなあ?」

「悪い人が、報いを受ける話がいいんじゃない?」

「キツーいおしおきをされるとか?」

「ひとりぼっちになっちゃうとか?」

「よーし、わかった! それでいこう!」


 そうして、ご本ができました。


 懲らしめ屋さんたちは、その本のことを宣伝するポスターを描いて、街中に張って回りました。

 ポスターには、悪いことをした人が、意地汚く笑ったり、また地獄にいるかのように泣き叫んだりしている顔が、でかでかと描かれていました。


「これでよし! みんな、嫌でも悪いことをしなくなるだろう!」


 彼らは満足して、お昼ごはんを食べに行きました。




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 昔々のことでもなく、あるところに、懲らしめ屋さんという人が住んでいました。



 懲らしめ屋さんのお仕事は、悪いことをした人を懲らしめることです。

 悪いことをした人に、もう二度と悪いことをしようと思わなくさせるのが、懲らしめ屋さんのお仕事でした。


「ああ、よく寝た。

 さあて、今日も悪いやつを懲らしめるとするか」


 懲らしめ屋さんは夜、街に出て、まず懲らしめ屋さんたちの集まるお店に向かいます。

 懲らしめ屋さんというのは、たいてい街に一人だけでなく、三、四人はいるもので、そういった人たちが情報交換をして、悪い人を懲らしめに行くのです。そのほうが、効率がいいですからね。


「やあ、こんばんは」


 懲らしめ屋さんは、みんな仕事熱心なので、真夜中に仕事をするのが大の得意です。その日ももうお店には、他の懲らしめ屋さん全員が、すでに集まってしまっていました。


「あら、こんばんは。遅かったじゃない?」

「ええ? まだ仕事の始まるまで、一時間もあるじゃないか。君たちのほうが早いのさ」

「まあ、それも、そうね。ふふふふふ」


 そんなこんなで、お仕事を始める懲らしめ屋さんたち。今日は、ご本を書くようです。

「どんな本にしたら、もうだれも悪いことをしなくなるかな」

「悪い人が、報いを受ける話がいいんじゃない?」

「キツーいおしおきをされるとか?」

「ひとりぼっちになっちゃうとか?」

「よーし、わかった。それでいこう」


 そうして、ご本ができました。


 懲らしめ屋さんたちは、縄にナイフ、眠たくなるお薬に拳銃などをカバンに入れて、街の中心の立派なホテルの、スイートルームに向かいました。部屋の中には小太りの男がいて、ワインを飲んでいましたが、拳銃を向けると猫を前にしたネズミのようにたちまち大人しくなって、グラスを置きました。


「な、なんなんだ、君たちは」


 小太りの男は言いましたが、懲らしめ屋さんは答えません。答える代わりに、カバンの中からレポートの束を取り出して、こう尋ねました。


「自覚はあるのか? 自分が何をしてきたか」


 レポートの束には、悪いことをした人が意地汚く笑いながら言った言葉や、また地獄にいるかのように助けを求める数々の言葉が、淡々と書かれていました。


「なんだって? 私が何をしてきたかって? それは……仕事だ。仕事だから、仕方がなかった。みんなが望んでいることなんだ。悪いやつ、ムカつくやつ、生意気なやつ。そういう連中が罰を受けるのを見るのが、みんな大好きなんだ。一種の救いなんだ。だから私たちは……」

「仕事だと? 悪趣味なビラを街中に貼り付けることがか?」

「しょうがないじゃないか! みんな、怒りや嘆きが好きなんだ! そうじゃないと、そうじゃないと、私たちの本を買ってくれない!」


 懲らしめ屋さんは銃の引き金に指をかけ、最後にもう一度だけ尋ねました。


「そうして今まで儲けてきたのか? そうやってお前たちが売りさばいた品物で、どれだけの人が不当に苦しんだか、わかっているのか?」

「わかっていたら、どうしたらよかったっていうんだ! 私たちだって、生きていかなくちゃいけないんだ! 仕事がなくなったら、生きていかれないんだ!」


 ばあん。


 とは音は鳴りませんでしたが、サイレンサーが吸収しきれなかったごく小さな発砲音が鳴ったあと、男は床に倒れました。


「これでよし。みんな、嫌でも悪いことをしなくなるだろう」


 そうは思ってはいませんでしたが、懲らしめ屋さんはそう言いました。彼はいつでもそう言うのです。そのあとで、決まってまた同じような仕事が入るのですが、それでも言い続けているのです。長年の癖のようなものでした。そしていつものように後片付けをして、ご本をテーブルの上に置いて、ホテルを出ました。

 彼らが満足することは決してありませんでしたが、とにかく栄養を取らなくてはいけないということで、朝ごはんを食べに行きました。朝日が登り始めていました。懲らしめ屋さんは朝ごはんについて考え始めました。彼は目玉焼きが好物で、付け合わせをベーコンにするかソーセージにするかで迷っているようです。どちらにすべきか、隣の仲間に質問してみたところ、仲間は肩をすくめて「どっちでもいいんじゃない」と言いました。


「でも塩分の取りすぎはよくないよ。サラダを食ったらいい。早死にしたくなけりゃあね」


 懲らしめ屋さんはその言葉に納得して、大きく一つ頷きました。

 

 いずれにしても心臓が止まってしまったあとでは、良いことも悪いことも、美味しいご飯を食べることもできませんものね。

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