【赤】ミニチュアガーデン・ロジカルサーカス





 その箱庭まなびやは、

 見世物小屋サーカスでした。






「子供が足らない。どうしようね?」

「お金もないです。どうしましょうか?」

 大人オーナーたちは、広々テントで話し合い。

 クーラー完備、飲食もOK。

 皆で囲む昼食は、ペットボトルのお茶と、

 高級店のA5牛カルビ弁当。

 こっそり昼寝も許可される、ある火曜日の昼下がり。

 若々しく、やる気溢れる大人オーナーが、手を挙げて。


「そうだ! いっそのこと、こうしては!」


 そして発言されたのは、

 世にも狂った物語。


 認められたいだけの若い大人と、

 楽したいだけの老いた大人の、

 一世一代のサーカスショー。


 パペットドールは、箱庭おりの中。





「もし良い人生を歩みたいのなら、


 テストはAの部屋、それから、


 火の輪をくぐってください。


 あと、微積分も忘れないでください。


 もし将来、お金が足りなくなっても、


 誰も助けてなんかくれないですから。」



 それからというもの、曲芸師たちは、眠る暇さえありません。

 だって、もしも不出来な芸を、観客教育委員会の前に晒してみなさい! 


 たちまち自分も、奈落の底。

 雁首切られて、哀れな老後。


「テストはAの部屋! 忘れずに! 


 だめだった者は、呼び出します!


 いいですか、世の中易しくないんです。


 火の輪くぐって火傷したって、


 誰も助けてくれやしません。」


 けれどどうして、飽きっぽいのが客の常。

 やっとのことで覚えた芸も、慣れた頃には飽きがきて、ブーイングがちらほらと。

 やがて全員が叫びだし。

「次はこれをやれ、次はこれをやれ!」


 火の輪の次は、綱渡り。

 綱渡りの次は、ナイフ投げ。


「やっぱ違うな、こっちはどうだ!」


 ナイフ投げの次は、空中ブランコ。


 何人か生真面目な道化師がくせいが、足を滑らして死にましたが、客はべつだん気にしません。


「道化師は、不安定なものだ。

 そういう生き物なんだからね」


 ポップコーンに、炭酸入りジュース。

 陽気な音楽に、肌を晒した踊り子たち。


 彼女たちが目配せすれば、客はたちまち夢中になって、

「おい、そこのキミ。いくらだね?」


 道化の化粧のまま、微笑んだ踊り子。

 彼女らは夜、男と連れだって、

 庭の近くのテントに消えていきます。

 朝になると、慌てたような怒鳴りつけるような客たちの声が、時折聞こえてくることも。


「お前が誘ったんだ! 

 お前がかどわかしたんだ!

 そうでもなきゃ、こんなことしなかった! 

 お前は不細工だからな!」







 心ない言葉、心ない賛辞。

 虚ろな心に、虚ろな笑顔。







 これら全てに耐えた先に、何がある? 

 明るい外の世界? 

 枷の要らない自由な暮らし?

 いいえ、そんなものはありません。


「あなたはよく、がんばりましたね!


 では、あなたもこれから、


 大人オーナーとして頑張ってください。」


 手渡されるのは、鎖の束。

 鎖の先には、また新たな道化師たち。

 見せかけの涙と、滑稽な笑顔。

 凶悪で、わがままな、調教すべき獣たち。



「さあ、ようやくあなたの番だ!」



「これが自由だ!」



「これこそが、この世の幸せなんだ!」





 はてさて、一体いくら保てるものでしょう。


 永劫続く箱庭のサーカスで、無垢な日に見た、無邪気な夢を。



 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る