エピローグ 再生

 夢を見ているようだった。役人との掛け合いの後、眼が覚めていく。

 逡巡すると、天井にベッド、白のカーテン。『生き返った』と察する。


「か、か……和樹かずきくん! うぅ……よかったぁぁぁ……!」


 泣き崩れる奈々なな。布団越しに伝わる感触は熱かった。


 あぁ、生きてるよ――あれ? 返事を試みるが、喉が言うことをきかない。


「大変申しにくいのですが……。名和田なわたさん、あなたは事故の後遺症で声を出せなくなっています。もっとも、生きていること自体が奇跡としか言いようがないのですが……」


 奈々への思いを伝えに生き返ったのに、俺の口からは言えないのか……。

 かつ寿命もあと四十年ちょっとというね。もうこれ生き返った意味あるのかな?


 それでも。彼女と少しでも長くいられるなら、もう声くらいなんだっていいや。いつか見た泣き顔を、これまたぐしゃぐしゃな顔がぶつかる。上げるだけで精一杯の腕は、自然と彼女を包み込んでいた。


 唇に、奈々の赤く染まりきった耳が軽く触れる。たった四文字生き返った理由を囁けない。

 う、い、あ、お。対応する口の動きが、空しくもごもごしているだけ。


 あぁ、情けねぇ……。ここで『終わり』だと思ったその瞬間だった。


「あぁぁぁぁ! がじゅぎぐん! ずぎぃ! だいずぎぃぃぃ!!」


 鼓膜が破れんばかりの愛の叫びとともに、いつの間にかぐるりと回された彼女の両腕が、きつくきつく俺を締める。さながらかのように。

 会って言いたかったこと全部を、彼女は一気にぶちまけてきた。俺は首を千切れるほど縦に揺らしながら、彼女の背にで円を五周描いた。


 それから細々とした検査を一通り行い、退院までこぎつけた。遥か遠くの地でボロボロになったバカ息子の面倒はさすがに見きれないとのことで、俺は成り行きで奈々の家に転がり込んだ――まではいいんだけど、前世で配信者をやっていた身としては『しゃべれない』というのはやはり堪えた。

 溢れ出る承認欲求をなんとかして散らさなければと思い、日記をつけた。

 

 ネックレスを買った。

 遊園地で楽しんだ。

 夜景の見えるレストランに行った。

 ドレス姿の奈々は、今まで見た中で一番綺麗だった――


 誰に見せるわけでもないのに、毎日寝る前にカリカリとペンを走らせ続けた。


 そして、『本当の終わり』がやってきた。


「おはよ~! 起きてるぅ~?」奈々はいつものように、俺を起こしにかかる。


 


 首筋に指を当てる。『冷たい』の感覚以外、何も感じ取れない。

 枕元には醜態がバレないようにずっと隠していた日記帳。ぐしゃぐしゃな文字の群れが、彼女の頬に涙を伝わせる。


 


 『奈々へ 俺はもう長くは生きられません。というか、これを見てる時にはとっくに死んでると思います。まあ高校の時に一回死んでるようなもんだから、この何十年かを奈々と一緒に過ごせただけで、最高に幸せです。寂しくなんてありません、きっとまた来世でも会えるから。あっ、勝手に先に行っちゃってごめんね。でも絶対会えるから、だいじょぶ! ゆっくりでいいから、向こうで待ってるね。 和樹より』


「はい……はい……。わかった、わかったぁ……。」 


 名和田和樹、享年五十。あまりに早く、あまりに一生の幕が閉じた。


「で、11893756839番。次はどんな人生を見せてくれるのだ?」


「いや勝手に転生先決めないでもらえます? まあ人間のオスなんですけど」


 あれから十年。俺はまた何度目かの人生を歩むこととなった。正直アレより充実した○○生は人間以外のどの種でも無理だと思う。あぁ、生きたくねぇ~……。


「それと記憶は、前世と霊界、


「……あの女のことは、忘れてしまってもいいのか?」


「そりゃ忘れたくはないですよ。だけど、いつまでも引きずるわけにもいかないし……なにより、次の人生でも絶対に奈々の魂に会えると思うんです。じゃないと事故った時にそのまま死んでましたよ」


「それもそうだな。貴様とあの女は心で繋がっている。記憶を消したくらいでは断ち切れない確かなものがあるからな」


「そういうことです。じゃ、行ってきます。すぐ戻るかもしれませんが」


「おお、行ってこい。せめて貴様の好きなように


 柔らかくなった役人の口調を背に、俺の新たな『人生』がスタートする。


「産まれました! 元気な男の子ですよ!!」

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