第3話
《七月十日(金)》
「初めまして、高山君。私、篠崎真紀。あっ、同い年だからタメ口で良いよ」
「え……初め、まして……しのざ……だ、誰でしょうか?」
「君の事を少しだけ知ってる人。ちょっと話したいなーと思って」
私は、不思議な気分で、でも笑顔で、高山君と今日の初めましてをする。このセリフをテンプレートみたいに使っちゃだめだよね多分。でも、他の事も考える余裕があるって事は慣れてきてる自分もいるって事だ。
私が同じ中学だと話していくと、次第に高山君も理解したような顔になる。
今日は違う事聞いちゃおっかな。高山君の知らないところでどんどん詳しくなっちゃうかもね。
私は何気なく聞く。
「ね、部活って、やってるの? いつもこの時間?」
「部活は……テニスやってたけど、ちょっと前に辞めちゃったんだ。なんか……ま、いいかなみたいな……」
高山君は下を向いて言った。
いつもこの時間だから多分そうだとは思ってたけど、途中で辞めてたのか……。勉強のためかな、いや、でも何だか深そう。
私も少し目線を下げたところで、あっ、と思い出した。
「ね、昨日も高山君見かけたんだけど、昨日あの、駅で何してたの?」
昨日の放課後、高山君は私とパンを買っていた。その記憶がどんなふうに消えてるのか確かめた方が良いぞ、と昨晩の脳内会議で決まったんだった。
「昨日? あー昨日はあれ、友だちとパン屋でメロンパン買ってたんだよ」
「友だちと? 誰?」
「えーと、あの甲津中の友だちの竹下? いや、女子だったか……楢原かな」
「そう、なんだ」
私が、友だちの記憶に置き換わってる。でもはっきりしてないみたいだ。もしかしたら、思ったよりこの現象は覆せるのかも知れない。
「ところで、土日って予定ある?」
そう、最近の私の気がかりは、土日の休日だった。ここで、ちょっと予定を聞き出しておこうという魂胆だ。こんな事聞いてストーカーするつもり満々じゃん私。
「あ……日曜日は……」
「なにかあるの?」
「映画見に行こうかなと思って……」
「友だちと?」
「…………一人で」
別に恥ずかしがる事無いのに。恥ずかしがってる姿が一番可愛くて恥ずかしいって事、覚えといた方が良いぞ高山君。
一人映画か……私も行っちゃおっかな。
「そうなんだ。良いね! やっぱり一人の方が楽しめるよ」
「はは……そうかな」
高山君は静かに微笑んだ。
私は笑って、窓の外を見る。
今日も沢山話せたな。
電車が減速を始める。
私は、もうちょっと君を追いかける事にするよ。
* * * * *
* * * * *
《七月十二日(日)》
街のショッピングモールの中の映画館は、私には久しぶりの場所だった。どのスクリーンも上映中の時間だから、私のいるエントランスホールにはあまり人はいない。もうすぐしたら、映画も終わりだして出てくる人と入って行く人でごった返すだろう。私は、グッズが売ってある売店をひたすらウロウロしながら、高山君が出て来ないかジッと様子を窺っていた。
いっその事同じ映画を観ちゃおうか、と思ったりもしたけど、さすがにそこまでする勇気は無かった。第一、私は久しく映画を映画館で観ていない。映画のジャンルに関わらず、二、三時間も座って観ていられる自信も無かった。
そこで、映画を観終わった高山君に接触し、買い物にでも誘って様子を探ろうと言う計画を立てた訳だ。突然買い物に誘えるだなんて本気で思っているあたり、私も随分おかしくなったもんだ。いや、まず、こんな理解不能な現象が起きたのに、犯罪とか悪用もしないでこんなチマチマと男の子と会ってる時点で私は相当人間としてズレてるんだろう。
そんな事を考えながら、クリアファイルの並んだ棚から様子を窺っていると、映画を見終わったらしい人が出て来始めた。しばらくして人口密度が増えてきた頃、見慣れた顔が現れた。目を凝らして、私服の高山君だと確認する。
私は何気なく歩いて行き、そしていつものように声をかけた。
「こんにちは、初めまして。高山君だよね? 私、篠崎真紀」
イケてる女子風の服を着ている今日の私は無敵だ。
「え……初め、まして……」
「私も甲津中で、今高二なんだけど、覚えてないよね」
「あ、甲津の……ちょっと、ごめん、覚えてない。でもどっかで見た事あるかも」
初めて会った時はきっぱり、知らないって言ってたよ、君。
毎回少しずつ変わる高山君の反応を見るのも楽しかった。
「映画、面白かった?」
「あ、まぁ想像してたよりは面白かった」
「そっか。ところでさ、この後何かある?」
私は毎度の如く、早急に本題を切り出す。いつも時間が無くて、突然話を進めないといけないから、高山君がついて来てくれるか毎回不安だ。今日は特に、プライベートだから難易度が高いのは覚悟して来ていた。
高山君は、少し迷った素振りも見せたが、思っていたよりもすぐに答えた。
「……いや、特に何も無いけど」
高山君って意外と軽い?
「ちょっとさ、一緒に雑貨屋さんとか見に行かない?」
「え……うん、まぁ良いよ」
「ほんと? ありがと!」
私は高山君がすんなり受け入れた事に驚きつつも、じゃあ行こ、と高山君の前を歩き始めた。
高山君って意外と軽い男子なのかな。いや、男子にとってはこれくらい普通? いや、でも普通はちょっと怪しんだり渋ったりするよね? ただの親切心かな。
別にどこに行くというのも無かったので、私は近くの適当な雑貨屋さんに入った。ただ今日の目的を果たせそうなところならどこでも良い。
「あ、これかわいい」
私は壁に掛かっていたストラップを手に取る。可愛くデフォルメされた、小さな猫のストラップだった。
「これ、何か高山君に似てる」
かわいい、というのは心からの言葉では無かったが、似てる、というのは本当に似ていると思って出た言葉だった。
「え? そんなに似てるかな?」
もう一度よく見ると、実際そんなに似てはいなかった。
「でも、これ、高山君に似合うと思う。あ、私からのプレゼントにしよう」
「そんな、初めて会ったのに、悪いよ」
「いいって。気に入らなかったらそれで良いから」
と、レジに二つ持っていこうとすると、高山君が私の顔をジッと見ているのが目に入った。
「何?」
「いや、何でも無い」
私は、ストラップを握りしめた。
「ところでさ……何で、今日はついて来てくれたの? 初めて会うのよ。こんな変なやつに何で……」
私は、高山君の靴を見ていた。
「何で……んー、まぁ同じ中学だって言うし、悪い人には見えなかったし……それに、なんか、初めて会った気がしなかったから」
私は、高山君の顔を見る。
「中学の時でしょ……」
「分かんないけど……でも、初めて話す人と話すの楽しかったし。どうせ俺今日はボッチだったから、誘ってくれてありがとう」
私は、手のひらのストラップを見る。
何も言わず、レジに行ってストラップを買うと、高山君に片方差し出す。
「また会えるように」
と伸ばした私の手から、高山君はストラップを取った。
「じゃあ、明日。絶対だよ!」
「な、何が?」
突然喋る私に、理解が追いついてないみたい。私も、伝わるなんて思っていない。
「絶対ね。じゃ、バイバイ」
私は高山君をおいて、早足で出口へ向かった。
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