ローティについて

●はじめに ローティの思想の概説

 リチャード・ローティは、パースやジェイムズやデューイによるプラグマティズムの源流を様々な形で受け継いだネオ・プラグマティズムにおけるプラグマティストとされる。

 その思想の特徴だが、1.「第一哲学」から「文化批評」、2.「解釈学」の構築、と表現することができる。

 本レポートでは、ローティによるプラグマティズムが成り立つ背景を簡単に概観した後、上記の点について述べていく。


●1.ローティの思想的背景

 リチャード・ローティは1931年にニューヨークで生まれ、途中に合衆国陸軍勤務の経験などを挟みつつも、大学で博士号を取得したのちに最終的に複数の大学での教授となるという、トータルで見るとおおむねアカデミックな環境であった。

 思想的には、ジェイムズやデューイ、とりわけネオ・プラグマティズムの重要な一員であるクワインから影響を受け、継承した。

 主著には「言語論的展開」(1967年)や「哲学と自然の鏡」(1979年)などがある。


●2.従来哲学に対するローティの批判

 ローティは、デカルトからカントに至るまでの認識論における「基礎づけ主義」、また言語論におけるフレーゲやラッセルらの「表象主義」を批判する。

 ローティはとくに主著のひとつ「言語論的展開」において、デカルトの「認識論的転回」を第一の転回、フレーゲやバートランド・ラッセルの「言語論的転回」を第二の転回として、第三の転回をなすべきだと主張する。

 認識論的転回と言語論的転回はそれぞれ認識と言語という異なるものを基礎としたが、基礎づけたという意味ではおなじだとして、ローティはそういった「基礎づけ主義」を、クワインを主としたプラグマティズムの文脈で批判する。

 ローティはそのうえで、「反基礎づけ主義」「反表象主義」を主張した。確実なものを前提とする哲学を否定的に批判したのである。

 たとえば科学データの客観性というのは、個別としてはなんら意味をもたない。そこに関連性があってはじめて意味をもつのである。必要なのは客観性ではなく、関係性における信念形成だとした。

 客観性よりも有用性をローティは重んじたのである。


●3.ローティの示した哲学

 以上ローティの批判を見てきたが、それでは哲学はどうあるべきとローティは主張するのだろうか。

 ローティが言うには、哲学は真理を獲得するためではなく、「人間の再記述」としての「解釈学」に移行しなければならない。科学のデータは「対話の道具」という意味において有用である。が、それは文学がその意味においておなじく有用であることとひとしいので、科学と文学に差異はない、とローティは主張する。

 科学であれ文学であれ、重要なのは客観性ではなく、「対話の道具」として合意ある会話において有用であるかどうかだ、という主張をなしているのである。

 このような、客観と主観、また事実や価値などをぼかしがちなローティの主張は、「新ファジー主義」とも呼ばれる。また、会話における合意というある種の関係性を重視する以上、基点は自分自身や自分のもつ文化的コンテクストに置かざるをえなくなり、「自文化中心主義」から出発せあざるをえなくなる。

 つまるところ、合意による会話は「連帯」をうみ、それこそが伝統哲学が客観性という言葉で求めてきた普遍妥当性にかわってその位置をしめるものだとローティは考えたのである。

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