学生、鴨、横顔

 これは私が学生の時の話だ。私には片想いの相手がいた。クラスの同級生でクラスの人気者。見た目も学業や運動でもいまいちパッとしない私にとっては高嶺の花のような存在だった。

 ある日のことだ。ふと決心がつき彼女に告白をした。そのある日に特別な意味はなかったと思う。彼女の返事は意外にもオッケーだった。嬉しさよりも驚きが勝った私は数秒固まってしまったことを覚えている。

 それからというもの毎日が幸せだった。朝は一緒に登校し、昼は彼女の手作り弁当を食べる。学校が終わると一緒に下校し、時にはどこかに遊びに行ったりする。理想的な生活だった。しかしどうしても彼女が付き合ってくれた理由はわからなかった。何か騙されているのではないかと不安に思ってしまうこともあった。けれども彼女に見合った男になるため必死に頑張った。例え騙されているとしても本当に惚れされるくらい頑張ろうと思っていた。

 付き合い初めて一年くらいたった頃だった。なぜ自分と付き合ってくれたのか聞いてみた。そしたら彼女は笑いながら貴方の告白がとても真剣だったからだと教えてくれた。そして、私は逆に彼女から質問された。


「鴨の水掻きって言葉を知ってる?」

「聞いたことあるよ。優雅に水面を浮かぶ鴨も水の中では必死に水掻きをしているってことでしょ。そこから、誰にでも人知れず苦労があるってことだよね?」

「そう。自分で言うのも変だけど私は周りから水面の鴨のように思われていたの。成績がいいのも運動ができるのも全ては私の生まれ持った能力。大して努力もしない人たちから妬まれたわ。」

 彼女の顔は徐々に暗くなっていく。

「まるで私が何も努力をしてないかのように言うんだもん。嫌になっちゃう。けどね、あなたは違った。なんて告白してくれたか覚えている?」

「いやー、あのときは緊張してたからはっきりとは覚えてないよ。ごめん」

「ふふ、謝らないで。あの時あなたは、私が夜遅くまで図書館に残って勉強している姿が好きだと言ったの。真剣なその横顔に惚れたと」

 図書館で彼女を見て急に告白したことを思い出した。普段とは違って辛そうな顔をしながら必死に勉強する彼女を愛おしく思ったのだ。

「びっくりしたわ。突然だったもの。けどあなたの顔は真剣だった。そして本当の私を見てくれている気がしたの。だから私もオッケーしたの」

 彼女は、私を見つめる。その真剣な眼差しは告白した時のことを思い出させる。そして彼女は続ける。

「ひとつだけお願いがあるの。あなたは自分を卑下しすぎているわ。だからなぜ付き合ってくれたか質問したんでしょ? 」

 図星だった。彼女の顔を見れなくなる。すると彼女は私の顔を両手で挟み無理やり目を合わせる。

「目を逸らさないで! あなたを好きになった私を信じて欲しい。最近のあなたは無理をしすぎている。過剰な努力は実を結ばないわ。あなたに足りないのは努力じゃなくて自信を持つことよ!」

 彼女の言葉に胸が熱くなり涙が溢れた。この約一年間心の奥に詰まっていた何が流れていく気がした。

 



「ママー、なんでパパとケッコンしたの?」

「パパの告白がステキだったからよ」

「へーどんなコクハクだったの?」

「答えないでよ。恥ずかしい」

「あらいいじゃない、何も恥ずかしがることはないわ」

「とにかくやめてよ」

「えー、けちー」


 今は子供にも恵まれ幸せな日々を送れている。もう十年も前のことだけど改めてあの日告白を決意した自分を褒めてあげたい。

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