第2話 新天地にて

 マダムの屋敷で働いて4年がたった頃、ジョシュアが屋敷を出た。というのも、この屋敷は20歳未満の子供を生育することで将来食うに困らないよう使用人としての技術を磨かせていたらしい。

 20歳になったものにはこのまま屋敷で働くか、マダムの口添えで他の屋敷で使用人として雇ってもらうか、他の道を選ぶかを迫られる。

「今までありがとうございました」

 私は肩掛けカバンをジョシュアに渡した。この屋敷では1番世話になった者が上の者の門出を祝う慣習があるらしく、私が見守った。

「エルももうすぐだから、将来のことを決めておきなさい」

 ジョシュアはそう言うといつも身につけていたネックレスを私の手のひらに置いた。

「え、いいんですか」

「お前がいつも物欲しそうに見てたからな、やるよ。大事にしろよ」

「はい!」

 ジョシュアと私は2歳ほどしか変わらないはずだがジョシュアはとても大きく見えた。


 ◇


 私はそれからの2年間、真面目に働きアスランが屋敷を出るまでは使用人として働きたいという旨をマダムに話した。

 断られることなどなかった。なにせマダムは優しい。

 当時は少年少女趣味かとも思ったがマダムには亡くなった旦那がいたらしく、その頃からこの屋敷での子供の生育を行っていたらしい。

 何故殆どの使用人が子供しかいないかと言えば当初雇っていた使用人は高齢で退職し、残った子供たちは彼らの意志と技術を効率的に継いでいき、子供だけでも回せるような環境にまでなったらしい。

 私はアスランと同時に屋敷を出た。

 伝統は変わらず、1番世話をしていた後輩からカバンを受け取った。

 私合計で14年間もこの屋敷にいた事になる。

 様々なところに愛着が湧き、思い出がある。ジョシュアや他の使用人と雑談をした使用人室や剪定した樹木、庭で何度か行われたチャンバラ大会等、そして1番はジョシュアから貰ったネックレスだろう。

 外の世界は屋敷の生活をしていた私には厳しいだろうがアスランと共に生き抜こうと私は決心を固めた。


 ◇


 広い敷地に経つ荘厳な屋敷は住むものの地位と権力をまざまざと見せつけるように意匠が凝っていた。

 屋敷に合うような豪華な門のすぐ横いる大柄の警備にマダムからの招待状を渡すと中に通される。

 客室であろう高価そうな装飾品が並ぶ部屋に今日から仕えるご主人様を前に深く礼をする。

「お目通り感謝致します。エルと申します。こちらはアスランです」

「マダムから話は聞いているよ。優秀なフットマンらしいね」

 金髪の私よりも若い男性はあとは執事に頼むと言って部屋を後にした。

 顔合わせだけのようだった。

「ケイネル様のヴァレットをしております、ヤーコブと申します」

 片眼鏡の老紳士はピンと背筋を伸ばし、堂々と礼をした。

「他に質問があれば気軽にどうぞ」

 ヤーコブはそれから屋敷内の案内と翌日からの仕事の説明を終えると、私たちを置いて使用人室を後にした。

 終始丁寧な所作はまだ私たちのことを信頼していない証なのだろう。

「兄さん」

 アスランの不安そうな声に体を抱き寄せる。

「大丈夫。ここでも上手くやって行けるさ」

「そうだよね」

 アスランは元気を取り戻したようにへへと笑う。


 ◇


 仕事で大きく変わったことと言えば、何かの専属になることだった。庭の剪定なら庭師、料理ならコック、掃除ならハウスキーパーとそれぞれに異なる役職が与えられ、専属として一日中それに従事することとなっていた。

 マダムの屋敷では総合的な能力を上げていた――期間が長い分より多く経験を積むことが出来た――ため困ることは無かった。

 私はしばらくそれぞれの仕事を請け負っていたが、直ぐにアスランと共にアンダーバトラーとしてケイネルに仕えることとなった。

「アフタヌーンティーをご用意致しました」

 重厚な扉の前でプレートを片手にノッカーを使う。返事は直ぐに帰ってきた。

「失礼致します」

 手際よく紅茶を用意すれば、香りが部屋を包み込む。

「アイラン地方からメイラルティーでございます」

 そうして失礼いたしましたと踵を返したその時、ケイネルから声がかかった。ここに初めて来た時以来声をかけられていなかったため、少しだけ動揺してしまう。

「如何されましたか」

「次からはサンドイッチを持ってきてくれ」

「気が利かず、申し訳ございませんでした。次回からそのように致します」

「後砂糖も」

「かしこまりました」

 深く礼をして部屋を後にする。

 ヤーコブからは紅茶はストレート、お茶請けもいらないと言われていたがどうやら違ったらしい。

 そして次の日も私はケイネルにアフタヌーンティーを持っていった。今度はきちんと砂糖とハムとレタスのサンドイッチを持って。

 しかし退室する際に呼び止められ、次からはミルクとサンドイッチにはトマトを挟んで欲しいと頼まれた。そしてその次の日にはサンドイッチの種類が欲しいと頼まれ、日に日に物が多くなっていった。

 そして1週間経ったある日、持ち物が最初の何倍にも膨らんでいた。紅茶は3種類の茶葉にミルクと砂糖をつけて、サンドイッチも幾つか、パンやデザートも入れると明らかに後ほど食べる夕食と同じくらいの量だった。

「ありがとう。いつも通りそこに置いといて」

 そして私は紅茶すら注ぐことなく退出するのだった。

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