衝動の世界

三上 獬京

第1話 心を依る

 とあるベンチャー企業に入社してはや40年が経とうとしていた。両親は既に他界し、親族の殆どが私よりも年下だ。

 子も親元を離れ、10年と会ってない。

 そんなある日、私は不幸に見舞われた。

 妻に買い物を頼まれ、近くのスーパーから徒歩での帰宅中、男の叫び声とともに周囲が皆空を見上げていた。

 日中に星が見える訳もなく、ましてやビル群に景色を望むことなど何があると思いながらも同じように空を見上げた。そして喉を詰まらせた。

 上空数百メートルという高度から細長い棒のようなものが落ちてきているのが見えた。そらは何事もなく、まるでそれが正しいかのように私の足元に巨大な柱を突き立てた。鉄柱だった。

 機械の締りが悪かったのか数本の鉄柱はちょうど私の真上を飛行し、そのまま私を貫いたのだった。

 随分昔に聞いた歌に落下する鉄柱を歌うものがあったなとそんなことが頭をよぎった。

 そして私は気がつけば知らぬベッドに寝かされていたのであった。

 柵で囲まれた外には巨人と思しき男女が満面の笑みで手を振っているのが分かる。

 そして悟った。これは異世界転生なのだと。


 ◇


 こちらに来てはや10年。言語を覚えるのが思いのほか難しく、未だに舌がざらつくような感触を覚える。

 私は日課の井戸の水汲みを3往復と畑仕事を済ます。ここでは主に芋を育てている。

 母親に呼ばれ、朝食の支度を始める。朝食は蒸した芋と幾つかの果物。野菜はあまり出ない。

 果物ナイフで器用に皮を向く今の母親の姿を台所で見る。スラスラと向いていく姿は一種の職人のようである。いや、母親という職人なのだろう。何せこの家は子供が多い。

 そう考えているうちに弟がスプーンを取り落として泣きじゃくる。

「エルー!アスランの面倒見てあげて!」

「はーいママ!」

 落ちたスプーンを服で綺麗にして渡す。

「アスラン、どうぞ。ありがとうは?」

「ありがとお兄ちゃん」

「よしよし」

 アスランは皿との格闘に戻る。芋など手で食べれば良いのだが新品のスプーンを気に入っているらしく何度もこれで食べようとする。

 突然、パンっという金属の衝撃音が聞こえる。

 私は再び落ちたスプーンを拾い、同じやり取りをする。

 あれはおそらく父親の属する猟友会の撃つ銃声だろう。朝から仕掛けた罠の確認に行くと言っていた。今夜は肉が食えそうだ。

 そう思ったとも束の間、続けて3発程、今度は先程よりも近くで音が鳴る。

 少しだけ猟友会のものか疑わしくなり、窓の外、銃声の聞こえた方を覗くと、見たことの無い野蛮な格好をした男たちがゾロゾロと銃を担いで山を下っているところだった。

「ママ!山賊!」


 ◇


 ドナドナを歌う気分ではない。

 私は今少量の水と飯で三日三晩馬車に揺られている。ぎゅうぎゅうに詰められた村人は絶望の表情で天井を見上げている。

 私が母親に山賊の報告をしたものの、武器といえば鍬程度で、山賊の戦力に圧倒され言わずもがな拘束されて奴隷として売られるところだ。

 馬車の揺れがおさまる。止まったようだ。

 紐で繋がれた私たちは電車ごっこのように外に連れ出され、流れるように奴隷になった。

 今は檻に人数人を押し込み3食昼寝付きの生活を送っている。

 後に聞いたが、私たちは馬車に押し込まれていた時に山賊から既に助けられていたらしいが村は既に焼け野原のようになっていたため、帰る場所もないのならと商品奴隷――犯罪を犯した奴隷や担保として売られた奴隷ではないので厳密には奴隷では無い――として奴隷商人の商品――立場的には部下のようなもの――になっていたらしい。

 通りで飯は美味く、檻も広くだらけていても何も言われない訳だ。そして1番の疑問である大人たちが暴動や癇癪を起こさない訳だった。

 そして当時は知る訳もなく、私は檻の中で雑談に花を咲かせる元村民を軽蔑していた。

 そうならそうと一言くらい言って欲しいものだ。

 奴隷となって数日経ったある日、私は突然檻から出され、部屋に通され、女性の前に連れ出された。

 年齢は50から60、白髪混じりの1つ結びの髪に見たことの無い花のブローチをした、質素ではない紫系統のドレスを身にまとったマダム。

 マダムは私の知らない言語で奴隷商人と会話をすると金色の硬貨を数枚奴隷商人に握らせた。

 おそらく取引成功ということだろう。

 私はなされるがまま風呂に入れられ着替えさせられ、坊っちゃまという体となり先程のマダムのところに連れ出される。

 マダムは私の手を握るとそのまま部屋を出て、私をかぼちゃの馬車に乗せた。

 奴隷商人の姿が小さくなっていく。

「あんたはなんも心配することはないよ。あたしが何不自由なく育ててやるからね」

 マダムが急に私に分かる言葉で話し始めたことに驚いた。そしてその言葉に一拍置いて返す。

「僕じゃなくて、アスランが心配なんだ。アスランはビビりだから」

「アスランってのは兄弟かい?」

「うん。弟」

 マダムは御者との間にある小さな窓を開けるとまた知らない言語で何事かを言い、言い終わる頃には御者台に座る使用人の1人が飛び降りた。


 ◇


 3階建てほどの屋敷に馬車を付け、降ろされる。

「今日からここがあんたの職場だよ」

 玄関を通ると使用人服の男女が数人左右に並び、マダムを出迎える。そのどれもが12歳から15歳の子供だった。

 ポンと背中を押された。

 振り返ると先程馬車の御者台に座っていた使用人だった。彼もよく見れば20代には乗っていないだろう。

 私はそれから使用人服に着替えさせられ、使用人として働かされた。屋敷の廊下や部屋の掃除、使用人服やシーツの洗濯、庭の樹木の剪定、食器洗い。その全てが子供にとっては重労働であった。

 マダムの屋敷で使用人として働いてしばらくしたある日、私は仕事を終え、使用人室に戻ったところ先輩使用人に声をかけられた。

 名前はジョシュア。黒髪の歳は15歳ほどで、ここに来て3年目らしい。私のことをいたく気に入ってくれたのか同じ仕事をする際はよくアドバイスを受け、よく気にかけてくれていた。

「ご主人様がお呼びだ」

「わかりました」

 私はマダムが少年少女趣味であることを理解していたため、とうとうこの日が来たのかと覚悟を決めた。

 ジョシュアはそんな私を見てそう気を張るなと肩を叩いた。

 結果から言ってしまえば杞憂であった。


 ◇


 マダムは私が部屋に入ると、私の前に1人の男の子を連れてきた。

 既視感を感じた。なぜなら私もここに来た時、同じようにジョシュアに紹介されたからだ。

 男の子の顔を見る。背丈からして私よりも小さく、私と同じ黒髪黒目の子供であった。どこか見た事のある顔立ちは、直ぐに思い出された。

「アスラン……?」

「エル兄ちゃん?」

 どうやら向こうも覚えていたらしい。

 マダム曰く私の乗る馬車と違う馬車をに乗せられたアスランは数キロ隣の街の奴隷商人のところに居たという。

 マダムは私を買った日から探していたらしいがどうも上手く情報が集まらず時間がかかったらしかった。

 その日から私は先輩となり、アスランの面倒を見ることになった。

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