卒業

「みんな看板の前で写真撮るのに並んでるんだね」

 校門の前に出来た列を見て、夏美は額に手をやって遠くを見るような動作をした。遠く伸びる、とまではいかないけれど、並んだらかなり時間がかかるんだろうな、なんて気はする。

「私たちも並ぶ?」

「うーん」

 胸に付いた花を取って、夏美は私に向ける。

「校舎バックに自撮りでいいんじゃない? なんかJKっぽい」

 スマホを出して夏美に渡すと、慣れたように夏美は私のスマホを操作してカメラを自分たちの方へ向けた。校舎正面側の道沿いには桜が並んでいるけれど、三月の頭に桜のつぼみが付いているはずもなくて、少し寂しい。もし桜が咲いていたら、なぜかガラス張りの校舎に反射して綺麗だろうな、なんて思う。

 けれど、それを見ることもない。

 卒業してしまったら、私たちの家は遠いし、大学の場所もここから離れている。もうここへ登校してくることもないだろうし、ここから下校するのも最後になるはずだから。

 夏美の持つスマホに向けて、ピースサインを作ってみる。

「彩菜、もっと左見ないと。画面見てると変な方向いちゃう」

「あはは、慣れてないから」

 内カメラのレンズを見る。黒い本体部分に反射して、微笑む夏美が見えた。

 パシャリと音を鳴らして、写真が撮れる。

「あ、彩菜、目瞑ってる」

 夏美はそういうとケラケラ笑って、永久保存だ、なんて言う。

「撮り直そう」

「これはこれで、いいけどね」

 もう一度、レンズを見る。

 消せないシャッター音が鳴る。

「うん、いい感じだ」

 夏美からスマホを受け取って、自分でも確認してみる。夏美は二枚とも、綺麗に笑っていた。あんまり見ることもなくなってしまった笑い方だ。

「彩菜、あとで送ってね」

「うん」

 スマホを仕舞って、改めて校舎を見る。

 桜の枝越しに見る校舎は、なんだか虚しい。

「行こうか」

「卒業式看板の前で写真撮らなくていいの?」

「だって、並んでるもの」

 ほら、と夏美は私の手を取って歩き出す。

 並ぶ人の間を抜けて、駅の方へと歩き出す。

「猫たちにも挨拶しないとだ」

「こっちでいいの?」

 いつも使っている方じゃない方の駅の近くにも、猫はいる。

「ああ、あの子へのお別れはもう済ませたから」

「……そっか」

 夏美は、振り返らない。


 猫たちに挨拶をして、コンビニにも寄ってみる。

 夏美はカリカリとした唐揚げみたいなものを買って、私はなんとなくグミを買った。

「おいしいね。彩菜も食べる?」

「もらう」

 夏美の指につままれた唐揚げを口で貰う。

「おいしい」

 グミは、一度鞄に仕舞う。あとで、二人で食べられるように。

 通りに出て、また駅の方へ歩く。

「あ」

 夏美が顔を上げたのにつられて顔を上げると、丁度、家方面の電車が出発したところだった。単線の、東京にあるにしてはこぢんまりとした路線だから、一度のがすと次の電車まで少し時間がある。

「サンドイッチも食べてしまおう」

 うへへ、と夏美は変な笑い方をした。

 踏切を渡って、駅には入らずにすぐ先にあるサンドイッチのお店まで歩く。夏美は、ブルーベリーのサンドイッチを買っていた。

「私は――」

「オススメはフルーツサンドだね」

 言ったのは、夏美だ。

「夏美が食べたいだけじゃないの?」

「その通り。半分こしよう」

 お金を払って、フルーツサンドを受け取る。二つ入りのフルーツサンドの片方を夏美に渡して、もう私も夏美からブルーベリージャムのサンドイッチを受け取る。

「卒業って感じ、しないね」

 フルーツサンドを頬張る夏美に、そう言う。

 いつもみたいに変なことを話ながらの帰り道。寄り道をして、買い食いをして。

 いつもと変わらない。

 だから、このまま続くような気がしてしまう。

「でも、なんかそれがいいじゃん。変に特別なのより、私はいつも通りで終わるのがいいよ」

 最後の一口を、夏美は口に放り込んだ。

「それに、大学だって一緒だし」

「大学は、授業とか一緒にしないと時間が全然変わっちゃうし」

 こうやって一緒に歩く時間も減ってしまうだろう。

「でも、自由な時間が多いならその分互いの家に行ったりも出来るよ」

 近いんだから、とブルーベリーサンドを頬張る。

「うーん……」

「まあ、分かる。でも、変化ってのは悪い方ばかりじゃないからね」

 夏美は、私の手にあったフルーツサンドを一口横取りした。

「ちょっと!」

「ほら、電車が来る。彩菜も、早く食べなよ」

 へへ、と笑って夏美は改札の方へ走っていく。

 その後ろ姿はいつもと変わらない。

 これからも、ずっと変わらないような、そんな気がした。

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下校 七条ミル @Shichijo_Miru

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