お星さま

 晩御飯を夏美と二人で食べたら、すっかり遅くなってしまった。この辺りでは少し大きめのターミナル駅にあるお店で、高級とかそういうわけではないのだけれど、偶には、くらいの気持ちで行くようなお店。

 学校の帰りの時間が遅めになると、夏美とこうして晩御飯を食べに行ったりすることもある。うちの両親も、夏美の両親も、なんだかんだで二人でなら遅くまで出かけていても許してくれる。

 ターミナル駅から一本で、最寄り駅までつく。最寄りと言っても歩いて三十分くらい。

「バス、もうないね。歩こうか」

 夏美がバス停の時刻表を見ながらそう言って、私たちはそのまま歩き始めた。西友の横を通り過ぎて、横断歩道を渡る。暫く歩くと、坂がある。

 なんとなく空を見上げると、星はほどほどに光っていた。

「月は見えないね」

 最近は、街灯が明るくなって、夜歩くのは少し安心できるようになったけれど、星は見えづらくなってしまった。

「それでも、輝いてる。――なんてね」

 長い髪を揺らして夏美が笑う。LEDの白い光に照らされて、夏美の肌は余計に白く見えた。

「オリオン座は」

「あれだね」

 歩いてきた方向を、夏美は指さした。確かに、そこにはよく知る形のオリオン座がいる。他の星よりも明るくて、見やすい。

「人の形には、見えないなあ」

「昔の人は想像力豊かだったんだ。今よりも、ずっとね」

 例えば、と夏美は人差し指を立てる。

「同じオリオン座でも、西洋と東洋では見立て方が違う。ギリシャでは、オリオンはその驕りのせいでさそりに刺されて死んだことになってるけど、中国の占星術では同じオリオン座とさそり座で、不仲なこととか疎遠なことを表す言葉を作った。オリオン座とさそり座は真逆の位置にいるからね」

 ちょっと饒舌になって、笑顔を浮かべる。坂道の上からは、よく星が見えた。

「面白いのは、西洋と東洋で全く真逆の位置なのに、同じ星を捉えてることだよね」

「確かに。何か繋がりがあったのかな」

「どうだろうね。私にはわからない」

 でも綺麗だよね、と夏美は続ける。

「なんだか星を見てると、自分ってちっぽけだなーって思うんだ。これだけ広ければ、私の悩みなんてどうでもいいなーって。だから、つらいときにはベランダに出て、星を眺める。彩菜は星は見る?」

「うーん」

 どうだろう。星は、見るだろうか。

 こうやってちゃんと意識することも、考えてみればあまりないのかもしれない。あれだけ身近で、毎夜絶えることなく輝き続けているのに。街灯りなんかよりも、ずっと明るくて、綺麗なはずなのに。

「でも、見たら綺麗だなって思う」

 そう言ったら、夏美はにこりと笑った。最近は、あまり見ない笑い方だ。

「それでいいと私は思うよ」

 そういうものだろうかと、もう一度空を見上げてみる。そこにはやっぱり、星がキラキラ瞬いていた。


 夜も更けてくると、道路を走る車の数も減る。昼間ならもっと沢山の往来があると思うのだけれど、それも無い。歩く人も、時折自転車に乗った人が通るくらいで、ほかは私と夏美の二人だけだ。

 右側に見える家の中には人が住んでいて、その中では、ご飯を食べていたり、お風呂に入っていたり、人が生活してるはずなのに、その音はこれっぽっちも聞こえてこない。それがなんだか寂しく思えてくる。

 左側にある大きな会社の建て物の電気は灯っている。けれど、やっぱり人は見えない。

 まるで、世界に夏美と二人っきりで取り残されてしまったみたい。

 けれど、それもまたいいのかな、と思う。

 一番の友達となら、二人きりでも楽しくやっていけるのかも。

「なんて」

「ん、どうしたの?」

 夏美が不思議そうな顔をする。

「重たいこと考えてた」

「なんだ? 重たいことって」

「なんでもないよ」

 ちょっと、夏美に言うのは恥ずかしい。だから、なんとなく、頭に浮かんだ歌を歌ってみた。歌なんて下手くそで、声も全然出てなくてガサガサだけれど、好きな歌を歌うのは気持ちがいい。夜で、きっと近所迷惑。それでもいいと思う。怒られたら、反省して次からはしない。でも、少しくらいなら。

 最近人気の、ちょっとしっとりとした歌。意味もよくわからないけど、メロディーが好きで聞いている。その歌を、覚えているだけ歌う。忘れたら、ふんふんと誤魔化して。

「いいね」

 暫くして歌い終わると、今度は夏美が歌い始める。私は、夏美が歌う歌が誰の歌なのかよく知らない。時々二人でカラオケに行くときにも聞く歌の一つで、テレビなんかでは全然聞かない。一度気になって聞いてみたら、ギターの伴奏に乗せて、男の人が静かに歌い上げる曲だった。歌詞は、やっぱりよくわからなかったけど、少しだけ寂しくなった。

 タイトルは、星の名前だったような気がする。

 ――キミを夢見て

 夏美は、最後の一節を私の目を見て歌った。

 それがなんだか恥ずかしくて、夏美の頭をぽんと叩いた。

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