休み明け

 短かったとはいえ夏休みが明けたのに、休んだ感じは全然しなかった。それでも約二週間全く身体を動かしもしないで寝ていたのは事実だったみたいで、少し歩くだけで私の身体は悲鳴を上げてしまう。

 それでもなんとなく、気温だけは夏休みが始まる前よりも幾分下がったような気がする。外に出ただけで熱気に顔が包まれていたのだから、それが無くなっただけで過ごしやすいことに違いはない。

 蝉は、相変わらず鳴いているけれど。

 結局夏休みを挟んだって学期が変わったって、何にも変わらないのだ。

 夏美は少し、髪が短くなっていたけれど。

 ――じゃあ、変わっているのか。

 よくわからない。

 とりあえず、猫を探そうと思った。いつもの駅前の猫じゃなくて、もっと手前のマンションに猫が四匹くらい、よくたむろしているのだ。

 マンション自体は道沿いにあるのだけれど、猫を見るなら小径を入らないといけない。――小径と言ったって、公道なのだけれど。少し細いだけだ。

 それに、猫がいるのは敷地内だから、入るのはよくないことなのだろう。一度だけ触りに入ったことがあるけれど、やはりダメなことのような気がしてやめてしまった。

 今日は夏美が居ない。夏美はお仕事があって、わたしは早く帰らないといけないから。ただそれだけだ。たまにそう言う日もある。色々と、やることも溜まっているのだろう。

 一人で薄ぼんやりとどうでもいいようなことを考えながら、ゆっくりと歩く。

 途中で横に曲がってマンションの駐車場の辺りを見たら、やっぱり日陰に猫がたくさん居た。冷房がないのにこんなに暑くて、あんなにもふもふしていてるのだから、少し心配になる。

 まあでも、大丈夫なのだろう。大丈夫じゃなければ、呑気に寝ていないだろうし。――いや、大丈夫じゃないから寝ているのか。

 私は猫じゃないのだから、そんなことわかるはずもないのだけれど。


 顔を上げたら、蝉が一匹横切っていった。

 蝉は、ああしているのだから、もう一週間くらいしか生きられないのだろうか。

 自分の寿命なんてわかりたくないなと思う。

 わかったら、死にたくなくなってしまうかもしれない。或いは、死にたくなってしまうかも。

 でも、その時になってみないとわからないのだろう。こうやって薄ぼんやりと意味のないことを考えていたって、なにもわかりはしない、と思う。

 でも蝉は毎年沢山鳴いているのだから、命は脈々と受け継がれているのだけは確かなのだ。はなからそういう宿命で生きているなら、それで幸せなのかもしれない。

 蝉だって、生きているのだ。わかんないけれど。


 そこまで暑いような気はしていないのに、そんなことはお構いなしに汗は勝手に流れてくる。汗は拭けばいいけれど、シャツに染み込むと臭いがつく。人によって臭いは違うだろうけれど、少なくとも自分の汗がいい匂いになると思ったことは一度もない。結局は、汗は厭なのだ。

 ――制汗剤やら、汗拭きシートみたいなものを買えばいいのか。

 でも、それは結局荷物になるし面倒だとか思ってしまうような気がする。

 ――じゃあどうすればいいんだ。

 どうしようもないのか。

 一人だと、どこまででも思考が飛躍してしまう。

 ――だめだなぁ。

 自分一人で生きられるなら、そうできるようになりたいのだけれど。

 いつまでも、夏美にばかり甘えていてはいけないのだと思う。夏美は、私と違って人望も厚いのだし、やることも多いはずだ。だから、――だから、なんなのだ。

 わからない。


 電車に乗ってしまえば、車内は涼しいからなんとなく楽になる。一人だと、どうでもいいことまで気になってしまう。

 でも、どうでもいいのだ。――どうでもいいなら、いいのか。

 夏美が居ないと、何もすることがなくなってしまう。

 だからとりあえず、私は目を瞑った。

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