アイスと冷凍おにぎり

「暑いなあ……」

 夏美は低い声で言う。夏美の低い声はかっこいいから、私は好きだ。

「今年はもうアイス食べた?」

「アイスか。アイス、そういえばまだ食べてないな」

「梅雨明けも遅かったもんね」

「つい数日前まで梅雨だったんだもんなぁ」

 夏美は空を見上げて、それから徐にスマホを取り出して空を撮った。

「エモいな」

 夏美のスマホを覗き込む。

 それは目の前に広がっているそれと、寸分の差も無い。なんなら、目の前に広がる無限な光とは違って、ただの点の集まりなのだ。ただの点の集まりなのに、瞬間を切り取ってしまったがために、なんだか感傷的になってしまうんだろう。

 人間は切り取りが好きな生き物なのだろうか。

 でも、写真に残せば、そこに雲は残り続ける。その一瞬が、半永久的に残り続けるのだ。確かに、エモいのかもしれない。

「アイス、買い食いしないかい?」

 いいね、と言った。私もまだ、今年はアイスを食べていないのだ。

「ミニストップ?」

「彩菜はセブン派かい?」

「いや、別にそういうのはないかな」

「私はセブン派なんだ」

「じゃあ、セブン行こうか」

 アイスなんて、メーカーが同じならどこで買っても同じような気がするけれど。

 でも、夏美なら納得できる。

 何に付けても、夏美は変なこだわりを持っているのだ。

 セブンイレブンは、ミニストップがある街道の反対側を駅から離れる方向に歩いた場所にある。駅から離れる方向ではあるけれど、アイスを食べるためなら歩いてもいいと思う。

「昔から夏は暑かったけど、こんなに暑くなかったような気がするな」

「そうだっけ? 昔からこんなもんじゃなかったかなぁ」

「じゃあ彩菜は昔三十六度なんて天気予報を見たかい?」

「それは、見てないけど」

「だろう?」

 確かに、そう考えてみると昔よりも暑くなったのかもしれない。小学校の頃は、確か三十二度とかそのくらいの気温でめちゃくちゃ暑いだのなんだのと、そんなことを言っていたような気がする。

 いや、薄ぼんやりとした記憶だけれど。

「地球温暖化って奴なのかね」

 そうなのかもしれない。


 セブンイレブンの駐車場に、なんだか見たことのないメカニカルなゴミ箱が設置されていた。その辺の人が使っているだけだったから、ちゃんとは見ていないけれど、蓋が勝手に開いて、そこに空いたペットボトルを入れる仕組みのようだった。

「近未来っぽいね」

「確かにそうかもな」

「小さい頃だったら、毎日ペットボトル捨てに来ちゃうな」

「かわいいね」

「かわいくはないでしょ」

 私はかわいくないのだ。――まあ、私のことはどうでもいい。

 セブンイレブンの中は冷房がちゃんと聞いていて、とても涼しかった。それはまあ、冷房が効いているのだから涼しいのだろうけれど、外から入ると、それが際立って感じられるのだ。

 お菓子とか、スラーピーという少数店舗限定の飲み物には目もくれないで、私たちはアイスコーナーに目を落とした。

 急に暑くなったからアイスの売れ行きが好調なのか、それともついこの間まで梅雨でアイスをあまり入荷していなかったのか、量はあまりなかった。

 夏美は迷うでもなくガツンとみかんを手に取った。

 一緒に居る人がすぐに選んでしまうと、自分も早く選ばないといけないような気がして、私もすぐにぱっと目についたガリガリ君を持ち上げた。

「あれ、彩菜はガリガリ君なのか」

「え?」

「いや、いつもはクーリッシュとか、そういうのを買っているだろう?」

 確かに、クーリッシュはよく買うような気がする。別に特段クーリッシュの味が好きだとかそういうわけじゃないけれど、手を汚す必要が無いというのは大きい。

「そっか、ガリガリ君だと手が汚れるな」

「手を汚して食べるのも醍醐味だと思うんだがな」

「醍醐味かぁ……。醍醐味なら、偶にはいいかな」


 店の外の車止めは、日差しを浴びてめちゃめちゃ熱かった。座ろうかと思って、やめた。夏美はどうするのかなぁとみていたら、夏美は何の躊躇も無く座った。

「あっつ」

「そりゃそうだよ」

 へへへ、と夏美は笑って立ち上がった。それからガツンとみかんの袋を破いて、ちょっと私の方を見て笑ってから齧りついた。私も笑い返してガリガリ君を咀嚼する。

「アイスと言えば、おにぎりを凍らせた奴が昔好きだったんだ」

「アイスと全然関係なくない?」

「全然関係ないけど、ふと思い出したんだ」

 うちの冷凍庫にも、時々余ったごはんが握られ凍らされている。

「あれをね、昔はよく凍ったまま食べてた」

 凍ったまま。

 いや、聞き間違いだろうか。

「固くないの?」

「途中から柔らかくなってちゃんと食べられるんだ」

 聞き間違いじゃなかったらしい。

 どうなんだろう。私も小さい頃はあれをそのまま食べたりしたんだろうか。

 ――全然覚えていない。

 昔のことは、覚えているようで全然覚えていない。思い出そうとすればするほど、手で触れようとすればするほど遠ざかっていく。寂しいような気もするけど、全然そんなことないような気もする。

「私だけなのかな」

「わかんない。もしかしたら忘れてるだけで私も食べてたのかも」

「凍ってるご飯って意外とおいしいんだ」

「そ、そうなの?」

 夏美はそうだよ、と言ってガツンとみかんの最後の一口を放り込んだ。

「帰ったら食べるといいよ」

 まず帰っても冷凍庫にご飯が入っていないのだけれど。

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