流転

sin30°

流転

 男は目を覚ました。そこは、びわのような形をした場所だった。果てがないのかと思うほどに広い場所で、多くの同胞に囲まれていたが、これと言って大きな動きはなかった。

 面白い事といえばごくごく稀に自分たちの上を人が飛んでいくくらいのもので、男もまた停滞した生涯を送っていた。


 男は選ばれた。これまでの場所を抜け出し、同時に選ばれた同胞たちとともに道を駆けていく。

 男は瀬田と呼ばれるようになった。

 道の向こうには、真っ赤な夕日が沈もうとしていた。どうやら夕日の名所らしく、沿道では多くの人が夕日を眺めたり、風景を写真に収めたりしていた。

 しばらくすると、徐々に風景が山へと変化していった。ビルや建物を見慣れていた男にとって、それはとても新鮮だった。男を眺めるのは人や車ではなく、鳥や獣がほとんどだった。

 やがて、天ヶ瀬という場所に着いた。

 この場所で男は、宇治という名前に改められた。男は、宇治という名前をいたく気に入った。名前が変わってから走る道がとても美しかったからだ。

 辺りを紅葉に囲まれ、落ちてくる紅葉をその体に受けながら美しい建物の間を走る。とても短い時間ではあったが、彼が最初の場所を出てから最も心を躍らせた時間であった。


 男は一人の男と、そして一人の女と出会った。彼は桂といい、男は彼に軽薄そうな印象を抱いた。彼もまた男と同じように昔は名前が違ったらしいが、桂と名を改め、鴨という女と出会ってから軽薄になったらしい。彼女は木津と名乗った。三重から来たらしく、大阪弁に少しアレンジを加えたような話し方をした。茶が好きらしく、茶の話になると口調に熱が帯びる。

 男は桂と木津と合わせて、淀と呼ばれるようになった。

 淀になってからは大層にぎやかな場所を走るようになった。特に道幅が広くなってからは、これまでの生涯で一番騒がしい場所にいたといえる。

 男は、淀と呼ばれるようになってから、その名を表すように、動きが鈍く、そして何となく体が汚れてきたような気がしていた。体が塩を帯びるようになってからはそれが顕著に表れるようになった。

 突如、男は広い場所へ出た。最初の場所なんて比較にもならないほどの広大な場所だ。そこら中に同胞がいたが、そこにはすでに明確な差などなかった。

 いずれ男は大阪、ひいては太平と呼ばれるのだが、そのころには彼に一人前と呼べるほどの自我は失われていた。

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流転 sin30° @rai-ra

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