第7話 きょうだい

13.

 家に帰ると、姉貴がリビングのソファで寛いでいた。

 仰向けに、脚を組んでなにか本を読んでいる。


 姉貴は今年の春、正確に言うと三月半ばに留学から帰ってきていた。それだと言うのに、いまだにキャリーバッグとその内容物がリビングにだらしなく散乱している。


「いい加減、片しとけよ、その汚物」

「いま良いところなんだって」

「大学はどうしたんだ? もう始まってるだろ」

「全休にせんきゅー!」


 姉貴は留学でダジャレでも学んできたのだろうか。語学留学ではないことは知っていたが。


「ふゆ〜ご飯は?」

「……いま帰ってきたばかりなのだが」


 夕飯はだいたいいつも僕が作っている。そういう役割があるということではない。

 姉貴が留学に行っている間、僕はこの家で実質一人暮らしをしていた。言うなれば、一国一城の主といった感じだ。

 だから、食事もずっと自分で作っていて、それが二人分になったという感じだ。


「お腹空いてお姉ちゃん萎んじゃう〜」

「まだ四時だぞ?」

「時差があるんだよ! 地理で習ったでしょ! みんな家にいなかったからって勉強サボってたなぁ?」

「それは勉強とかではなくて常識の問題な気がするが」


 しかし、勉強をさぼっていたということに関して、否定はできない。



14.


「ふゆ〜なにか部活に入ったの?」


 僕は食器を片付けて……、片付けさせられていた。一方の姉貴はだらぁっっと、液体にでもなりそうな怠け方である。そう言えば猫は液体になるという話を聞いたことがある。あれは本当なのだろうか。


「入ってないぞ」

「そう……」


 陶器と陶器がたがいに音を立てた。


 僕は、その怠惰に対して「はい。僕は誇りあるれっきとした帰宅部員です!」とは答えられるような雰囲気――、関係、いや、ではなかった。


 正直、僕には、姉貴が僕の過去といまとを、どのような関係で結んでいるのか、皆目見当がついていない。それもそうだ。僕自分何を感じているのか解っていないのだから。


 晦いものは源を持って、未だに、僕を蝕んでいるのは事実だ。

 けれども僕は、毎朝「暗鬱」を抱擁しているわけではなく、毎晩「絶望」とともに睡っているわけでもないのだ。そんな完璧な日常なんてない。


 可もなく不可もなし。正でも負でもない。そういう、ニュートラルな直線上を音を立てないように存在している。



 それを青春を全身全霊で謳歌する人間から見れば可惜しと思うであろう。姉貴も青春を謳歌しきった、し過ぎた人間であった。だから幾許の惜しさを僕に抱いていても不思議なことではない。


 ただ、人がどう僕のことを評価しようがそれは人の勝手で、僕がどうこうする話ではないのである。つまり僕は自己中心的な人間なのだろう。


15.


 翌朝、土曜日であったが朝起きると姉貴はもう家にいなかった。


 リビングのミニテーブルの上に朝食であろう、ベーコンエッグのサンドウィッチと「大学に行ってくるぴょん♡」という謎の置き手紙があった。


 ――うさぎかな?


 昨日は猫だと思ったが……。


「朝早くからお疲れ様です」


 しかし時計を見ると呆れ顔で九時を過ぎたところを指していた。


 いただきますを言って、僕を包み込む微睡とともにそのサンドウィッチにかぶりつく。

 

 この勢いでいつも土日は基本的にひたぶるだらけている。人間として必要最低限のことしかこなさない。生存権の条文のような生活。

 とはいえ、先週は界に無駄に呼び出しを喰らってしまったが。しかし、今日は問題ない。姉貴は家にいないし、僕としても仮に電話が鳴ったところで出る気はないからな。


 ――死んだように生きる。これが土日のモットーとなってしまたのはいつからなのだろうか。前世はナマケモノであったのだろうか。いや、野生のナマケモノは思っている以上に活動しているなんて話も聞く。


「城……、ではなくて、動物園だったのかもしれないな」


 くだらないことを考えながら、昨日姉貴が読んでいた、リビングに置きっぱなしの本を手に取った。

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