第8話 色づかない

Monologue (with a hint of subtle danger);


 ――わたしは驚いた。

 ――わたしは戦いた。

 ――わたしは恐れた。


「結江楓雪です。部活には入ってません。去年は図書委員をやっていたので、趣味として多少本を読みます。よろしくお願いします」


 そのときはなんとも思わなかった。ただ、部活入っていないのは珍しいな……って思ったくらい。


 わたしは、機会があるなら、多くの人と関わってみたいと思う。でも、彼みたいなタイプとは深く関わっていくことはないと思っていた。

 またクラス替えがあって、離れれば自然と忘れてしまう。廊下ですれ違ったとしても互いに会釈することもなくなる……、そのくらいの薄い関係しか構築できないだろうと。

 

 それに、勝手な思い込みだけど、彼みたいな人はわたしたちみたいな人が苦手だと思う。わたしたちみたいな人間は初対面だったとしても、心の間合いに速攻して、すぐに仲良くなろうとする。

 意外と多くの子は、自分から踏み込むことはできないけど、でも、踏み込んでくれるのを待っている。だから、わたしたちは踏み込もうとする。


 でも、中には踏み込まれたくない子もいるわけで、彼はたぶんそのタイプだとわたしは思った……、でも、それは……。



 おかしいと思ったのは、その自己紹介のあった日の放課後だった。


 ちょっと忘れ物をして、教室に戻った。そのとき教室にはひとりだけ人がいて、それが結江くんだった。


 帰ろうとしているし、話しかけようかは悩んだ。それに、名前も合っているか自信がなかった。

 ――たしか、結江……、珍しい……聞いたことないはずの苗字なのに、どこかで聞き覚えのあるような気もした。


 結局、わたしは彼に話しかけることにした。席も近かったし、もしかすると、彼も踏み込み待ちの子の可能性もある。仲良くなれる可能性があるなら、仲良くなるに越したことはない。


「あ、結江くん、だよね?」


 聞くと、彼は少し驚いたように、


「ゑ? あ、そう。波山さんだよね?」


 と答えてくれた。このとき、まだわたしは気付いていない。


「そうだよ、覚えてくれたんだ! 気軽に『はやま』って呼んでね」


 わたしは少しだけ踏み込む。


「そういえば結江くんは何でまだ残ってたの?」

「図書委員の引き継ぎが残ってたから。それを片付けに」

「そうなんだ。おつかれさま!」


 わたしは用意しておいた言葉を返した。


 自己紹介のとき、彼は踏み込まれたくないタイプだと思っていた。でも、このやり取りを通して、意外とそうではないのかも……と思うようになっていた。

 ただ、踏み込まれたそう……というふうにも……見えない。


 いや……、それより。


 ――あれ? なにか、なにかがおかしい……。


「僕はもう帰るから、電気消しといてくれないか?」


 そういって、彼はわたしを見据えた。


「ん?」


 そこでわたしは気付いた。この結江くんという人は……。


「うん。分かった。じゃあね」


 ――わたしを


 それは物理的にという意味ではなくて、たしかに、映像として彼はわたしを見てはいる。でもそれだけ。まるでカメラのような……。いや……、これは。



 そうじゃない!! ――違う!! 



 わたしが、んだ。



 初めてだった。こんなこと。ほかの誰でも、子どもでも、大人でも、こんなことはなかったのに。

 

 わたしには彼が、無色透明に見えた。

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