第6話 くだらない
10.
「それで、ほかに寄っておくところはあるのか?」
「寄る?」
「ああ。情報収集。まだ『匍匐の会』にしか訊けていないじゃないか」
乗りかかった船だ。どこかまだ寄るというのなら、最後まで付き合ってやることにした。
「必要ないな」
そういう界はどこかつまらなさそうだった。
「それは良かった。じゃあ、帰ろうか」
学校は相変わらず、新歓シーズンで賑わっていた。
11.
翌朝、僕はすこしだけ早くに家を出た。理由は特になかった。
教室に入るとまだ人もまばらだ。暫定出席率20%といったところか。この数値が跳ね上がるのは始業5分前くらいで、その5分間に7,8割の生徒が登校してくる。
「あ、結江くん。おはよう」
「おはよう。波山さん」
前回は不意打ちを食らったが、今回は想定済みだった。なぜなら、彼女はすでに教室にいたから。近くに行けば挨拶をしてくると予測済みだった。
「この前はぶつかっちゃってごめんね」
「ああ、それはお互い様だし……」
ぶつかったというのは、先週、階段のところでぶつかってしまったときのことだ。
「ところで、文芸部のチラシって何枚刷ったの?」
「え? あー、えっとぜんぶ合わせると80枚くらい……かも? ほんとはもっと刷っても良かったんだけどね。そんなに必要ないし、わたしはバスケ部もあるから、配ってる時間もないし」
文芸部は「部活」だ。同好会の匍匐の会ですら100枚刷れたのだから、文芸部はもっと枚数をもらっていてもおかしくない。
「そうか。あとさ、そのチラシをさ、複数枚もらっていった人はいなかった?」
「うーん、あ、いたかも。そのぶつかっちゃった日に、『友達にも配りたいので5枚ください』って人が……、二人か三人……? 変だなとは思ったんだけど。だからすぐ捌けちゃった……。あれ、え? どうしてそんなこと?」
「あ、いや、別に。それと、文系部には新入生来たの?」
「うん! 見学が何人か……。でも入ってくれるかはわからないや」
波山さんは「女バスのほうはもう入部届すら出してくれた子もいるんだけどね」と付け足した。
「そうか。聞きたかったのはそれだけ。ありがとう」
「お役に立てたのなら良かったよ」
そう言う波山さんには、どこかぎこちなさがあった。
12.
「思ったより、おもしろくはならなかったな」
界はそう言った。
界とは途中まで帰り道が同じだったことが発覚してしまったので、仕方なくいっしょに帰っていた。
「なにが?」
「チラシのやつだよ」
「そうなのか?」
「え? おまえも真相がわかっていたんじゃないのか?」
「なんの? 犯人? 知らないよ。界はわかったの?」
界は大きなため息を吐いた。
「わかっていないのに、あの日『それは良かった』なんて言ってたのか。てっきり、俺はおまえがとっくのとうに真相に気付いていて、そのうえで『お前も気付けて良かった』と言ってるもんだと」
そこまで上から目線な態度を取ったことはないと思うのだが。
「違うよ。僕はまったくわかってない」
「じゃあ、犯人教えてやろうか?」
「いや、いい。興味がない」
「謎を謎のままにして気持ち悪くないのか?」
「僕は生憎、匍匐の彼の意見に共感はしていないんだ」
言うと、界は少し笑った。
「楓雪って誰にも共感しなさそうだよな。ドラマチックな映画観ても、眼球乾燥してそうだ」
「僕は、界こそそうだと思う」
「ま、いいや。それで犯人はな」
あれ? おかしいな。僕は興味ないって言ったはずなのに。
「犯人は匍匐の会のメンバーの誰か……、いや、全員だろうな」
「そうか。そうだったのか!」
「思えば、いろいろおかしかった……」
僕はいまので「納得した」感を出したつもりだったのだが、彼には伝わらなかった、あるいは、僕の反応なんてどうでも良かったか。
「まず、匍匐の会のチラシを破って得する人間なんていないんだ。超マイナーの廃部寸前の同好会なんて競合にすらならんし、それにうちの高校は兼部自由だからな、競合ってのがあまりない……、運動部くらいだろ。
だから、やっぱり、チラシを棄てる動機がない。まあ、あるとすれば私怨とかだけど、それを晴らす方法としてはなんか弱いというか、ズレている気がする。
となるとじゃあ、誰が得するのかというと、それは匍匐の会なんだよな」
チラシを破って得をする人はいない。逆に見つかるおそれがあるくらいでリスクしかない。ハイリスクノーリターンとなる行為を人は普通しない。
それでもチラシは破られているのだ。つまり、得をする人はいた。それは匍匐の会そのものだった。
「こうして事件にすれば、学校中に知れ渡るだろ? 売名行為ってやつさ。それに実際、噂にもなってたらしいじゃねぇか。それで『匍匐の会』に興味を少なからず持って訪問者が増える。認知度が上がる。得をしたのは匍匐の会だ。
そういえば俺もホームルームで、変な名前の同好会だなとは思ったんだ。ちゃんと聞いていなかったから、覚えてこそいなかったけどな」
「なるほどね。たしかに動機があるのは彼らくらいだ」
「なあ、楓雪よ。クリティカル・シンキングだよ。そんな鵜呑みにしてないで、もっと質問してこいよ。まだ俺は動機のことしか話してないぜ?」
僕は勘違いに気が付いた。界は僕が犯人がわかってなくて、それを教えてあげようというより、単に事件の真相について語りたいだけなんだ。
「じゃあ、14時半に先生がチラシが堆く積まれているのを見たって言っていたが、当時彼らはホールにいた。そしてチラシが破り捨てられていたのは15時前。これは矛盾してないか?」
「ああ、それな。それは別に匍匐の会が部室にいたとしても、15時前に見つかるのは矛盾してんだよな。だから、それはどうだっていい」
「どうして?」
「あいつは『一枚残らず破られてて』って言った。つまり、犯人は少なくとも100枚ものチラシを破ったんだ。
100枚のチラシを破るにはそれなりに時間がかかる。30分……、実際はもっと短くなるが、これは時間的猶予が少なすぎる。それなら計画の段階からもっと時間の余裕を持たせておくべきだし、そもそも先生が来たのは偶然だろうしな」
「じゃあ、どういうことになる?」
界は分かれ道で歩みを止めた。
「先生が見たのは、チラシではなかったんだ。ただの紙の山。積んだ紙の上の方に何枚か自分たちのチラシを積んでおいたんだ。そうすれば仮に見られたとしてもその山のすべてがチラシだと思い込む」
「その言い方だと、まるでその紙の山は見られるために置いておいたっていうふうに聞こえるな」
「そうだろうさ。そのために置いたんだろう。だいたい、紙の山だぜ? 100枚やそこらじゃ山にならない――、ということは意図的に枚数を増やしたんだ。それは外から見て、目立たせるためだろ。
山になるには少なくとも300、500枚近くあったかもしれない。だが、一学年はせいぜい320、330人だぜ? ターゲットに対してチラシの枚数が多すぎるだろ?」
それはそうだ。
「じゃあ、チラシはいつ棄てられたんだ?」
「そりゃ、その日の朝から発表時刻の前……、いや、昼休みのあとから発表時刻の前だろうな。昼休みにゴミを捨てに行くクラスもあるから。チラシは印刷次第破っていったんだろうな。だから、一枚残らず破られていたし、当日は棄てるだけで充分だった。
それにな、仮に、そのチラシを台無しにしたいだけのやつがいたら、別にぜんぶ破らずとも、ごみ集積所に捨ててしまえば、汚くて使えなくなるだろ?」
「だから、犯人の目的はチラシを汚損、毀損させることではなかった」
「そうだ。あのチラシの出来を見ただろ? 白紙に文字が書かれてるだけ。団体発表しているのに、どの教室で発表しているのかすら書かれていなかった」
団体発表というのは、新歓発表のあとに各部活が各教室でさらに詳しく部活動紹介するものだ。新入生は興味あるところに積極的に、ないし、怖い先輩たちに無理やり連れられて、各教室へ行く。
そして、入ったら最後、部員になるまで出られない――と思ったほうが良い。
「つまり、端からあのチラシは配る気がなかったんだ」
「なるほどね。筋は通ってるんじゃないか?」
ただ、僕が思うに、彼らが積んでいたのはただの白紙もあったのかもしれないが、おそらくはほかの部活のチラシだろう。
これには二つのメリットがある。まず、あらかじめほかの部活のチラシを減らしておくことで、相対的に自分たちの団体発表に誘導しやすくなる。チラシがなければ、団体発表の場所がわからない。
次に、積んだ紙の山はホールでの発表が終わってから、彼らの心理的には、回収して隠さなければいけない。
ただ、もし先生たちからの呼び出しが想定より早く、それこそホールで待ち伏せでもされていれば、誰か一人を部屋に返すなんてこともできなくなってしまうかもしれない。そうなると、部屋の紙の山を回収できなくなってしまう。
しかもその上で、先生たちが一度部屋を見たいと言い出して、ただの白紙の山が積まれていたら不審に思われる。
そのときのために、カモフラージュとしてほかの部活のチラシがあれば、「参考のため」とか言って誤魔化すことができる。明らかにそれは「匍匐の会」のものではないから、14時半にあったチラシの山だとは思わない。
「彼らもつまらないことをしたものだね」
「だが、目的は達せられてるな」
匍匐の会はすでに新入部員を獲得したと言っていた。それが今回の騒動から誘導できていたのかはわからないけれど。
「ま、その成果に免じて詰責するのはやめといてやろう」
今回は許されたが、仮に界が報復でもしようとすれば、「匍匐の会に報復の界だったな」と言おうかなと思ったけど、もっとつまらないので、止しておいた。
「ところで界は部活には入っていないのか?」
「ああ……、去年の秋くらいまでは将棋部にいたな。もう辞めたけどな」
「そうか」
「楓雪は……、帰宅部だろうな」
「ああ。帰宅でいつも忙しいんだ」
そして僕らは互いの家の帰路に別れた。
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