第4話 散らされたチラシ
6.
事件があった――。
正式にその事件を知ったのは、放課後のホームルームであったけれど、それ以前から学校中でもちきりの話題で、かくいう僕も朝の授業前にクラスメイトが話しているのを窃聴、……話しているのが聞こえてきていたので知っていた。
事件概要は、とある部活(正確には同好会)の印刷して保管しておいたチラシが、何者かにやって破かれ、学校のごみ集積所に乱暴に廃棄されていたらしい。その枚数は100枚以上に及ぶという。
我がクラス、E組の担任は起伏のない淡々とした状況説明をした後に、「心当たりのあるものは、名乗り出るように」とだけ言い添えてホームルームを終えていた。
いっぽうで、隣のクラスの担任はこの事件に心底腹を立てているらしく、別にF組に犯人もいないだろうに、怒声張り上げ、その雄々しい咆哮は我がクラスにまではっきりと聞こえてきた。
E組とF組の担任のこの温度差で、明日くらいに誰かが風邪を引いていてもおかしくない。
7.
「……チラシが破かれ棄てられていたということなんだ」
と、僕は何遍も聞いた当該事件の概要を界から聞かされていた。
僕は放課後、やはりやることがないので家に帰ろうとしていたとき、この男に捕まった。そして、またあの喫茶店に連行されてしまったのだ。
「ああ。知ってる。ホームルームでもその話はあった。全クラスに通達されているはずだ」
「そうなのか? それにしてはお前のクラスは静かだったよな?」
「そうだだ……、お通夜みたいだったな」
思えば、元出先生の口調にはあまりにも感情が籠もっていなさすぎて、逆に異様な雰囲気が漂っていたような気がする。普段の事務連絡のそれと同じようなイントネーションだった。
「F組は楽しそうだったじゃないか」
「楽しくなんかあるもんか。ありゃ、ストレス発散だぜ? とりあえず怒ることで日頃の鬱憤を晴らしてやがる。
基本、うちの高校の奴らは優秀さも相俟って、品行方正なやつらが多いだろ? だから、先公たちも怒る機会ってのが少なくて、ストレスが発散できないんだろうな。だから……、ひょっとして犯人は先公の誰かか……?」
なんだか斜に構えた見方だ。
「そんなわけがないだろ。それに、お前のクラスの担任が特殊なだけで、ほかの先生はあんなに怒ったりしていない。そんなことのためにチラシを破り捨てるわけがない」
「ふむ……。それもそうか。……それに怒る機会は部活の指導とかでもあるだろうしな……」
なるほど。基本、界という男は教諭を信用していないらしい。
「ということで、だ。楓雪よ。犯人を見つけるぞ」
界はカップをカツーンと指で弾いた。
「なにが『ということで』だ。飛躍しすぎてて、月に行ったかと思った」
「くだらないことを言うなよ」
「……まあ、仮に見つけられたとして……、それでどうするんだ?」
「どうする……? まあ、見つけたあとに考えるが、いまのところは俺に不毛な時間を過ごさせた犯人の面を拝んでおきたいってくらいだな」
この返答はどうも考えていなかったようだ。
「ふーん。教師陣には告発しないのか?」
問うと、界は呆れたように言った。
「バカだな。告発したら、やつらがストレス発散しちゃうじゃねぇか」
なるほど、界らしい。
「そう。まあ、頑張りなよ」
「手伝ってくれないのか?」
「僕にはそのモチベーションがないから。別に、不毛な時間も過ごしていないし」
「俺たち、親友だろ? 親友ってのは助け合うものだ」
「獅子の子落としとも言う」
「それは親子の場合だろ……」
「じゃあ、泣いて馬謖を斬る」
「それだと俺が犯人になるじゃねぇか」
僕は、くだらないやり取りをしつつ、これこそ不毛な時間なのではないかと思った。
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