第48話

 先輩は実力を隠していたんだ。ううん。わたしが勝手に先輩は大したことないって思い込んでいただけだ。


 そういえばこの人が運動をしているところなんて見たことがない。なんでも卒なくこなすから、運動得意そうっていう印象はあったけど。でも、今日の前半を見る限りは別にめちゃくちゃバスケが上手いっていう感じじゃなかったし、プレースタイルも積極的じゃなくて、周りに任せている感じだったし……。


 また先輩と向き合った。今度はしっかり、先輩を見る。

 さっきとはちがう、先輩は自分で勝ちに来ている。隙あらばわたしのボールを取ってやろうという野生のような強欲。それでいて揺さぶりを見抜く冷静さがそこに座ってる。


 ドンドンっとボールが床で跳ね返る音を聞きながら、思った。


 この人、全然隙きができない。ちょっと誘ったくらいじゃ動いてくれない。


 そんなとき、美代が援護に来てくれた。先輩をスクリーンをかけてくれて、わたしは普通にシュートを決めた。


 2点差。


 また攻め入ってくる先輩のディフェンスにつく。



#


「なんか、白熱してきたな」


 香流はボソッと呟いた。キャットウォークの柵を握る力が強くなっていたのが見て解った。


「ああ」


 スコアは23−25。波山さんが取ったら、水早川先輩が取り返す……といった感じでゲームは進んでいく。


 と、言うのも波山さんを止めることができるのは水早川先輩くらいなもので、その逆も然り。E組は前半まで活躍していた海崎さんはもうバテていて、雁坂さんはまだ走っているが、前半ほどの速さはない。


 特に攻撃面は殆ど波山さんしか機能していない。


 3−Aは前半から全員が全員同じくらい動いていたからか、ガス欠を起こしているひとはいなさそうだが、攻めは水早川先輩に任せてしまって、積極的に攻撃している人はいなさそうだ。だけれども、どちらのチームも集団戦をやめたようだった。


 なのに、試合はこれまでにない盛り上がり方だ。バスケはチーム競技のはずだ。だが、そのチーム戦を両者が放棄したときに盛り上がってしまったのは、バスケットボールという集団スポーツにとって不名誉なことなのだろうか。


 僕はセンターラインの延長線上にあるタイマーを見た。


 ああ、時間も残り僅かになってきたから盛り上がり始めたのかもしれないな。



 #


 残り一分半。スコアは27−29。


 相変わらずわたしが先輩を追いかけてる。レッグスルーで先輩を抜いて、シュートを打つ。オレンジ色のボールはいつも通りの軌跡を辿ったはずなのに、スコアに繋がらなかった。



(――外れた!?)



 わたしは慌てて自陣に戻って、先輩のディフェンスに回る。


 先輩のテクニックは女バスに引っ張り込みたいくらい。


 正直、いまのわたしでは先輩を止めきれない。先輩はわたしと同じくらい、寧ろわたしよりうまいかもしれない。なんでこの人文芸部なんて入ってるんだろ。


 先輩がドリブルして切り込んでくる――と思いきや、味方にパスを出した。


 少し拍子抜けだったけど、向こうのパス回しは健在。そしてわたしたちのディフェンス半壊気味。ほとんどフリーのままシュートを決められてしまった。


 先輩はシュートを決めたチームメイトに拍手を送ってから、こちらを見た。


『私たちはまだ全員が戦えるのだぞ』


 とでも心の中で言っていそうな。



 でも、実際に、わたしたちのチームは機能不全だった。先輩が急に一人で動き始めたのはせめてものわたしへの慈悲だったのかもしれない……。


 


 27−31。


 また4点差……。さらに残り時間が一分を切った。少し、というかかなり絶望的な時間……。次、点を決められれば負ける。


「カウンター!!」


 翠ちゃんが声を絞り出すように叫んで、一番に駆け出していた美代にロングパスが渡った。美代も速かったけど、それよりも相手の戻りの方が速かった。たぶん、美代も限界に近づいてきてる。


 わたしは美代からパスをもらう。延長戦は無理だ。わたしたちは延長戦で動けるような体力が残ってない。


 だったら、残る選択肢はスリーしかない。


 先輩と向き合って、すぐ、後ろにバックステップした。そのままシュートを打つ。先輩はブロックをしてこなかった。


 放ったボールは、ふわっと飛んで、リングの手前にあたる。ガシャンとリングが反抗する音が聞こえて、ボールは上に跳ねた。


――入れ!!



 淡すぎる期待だった。わたしは経験上知っている。このパターンは殆どシュートが決まることがないことを。


 そして、今回も例外じゃなく、ボールは弾かれたまま、コートに戻ってきた。


 ここで、残り時間を確認する暇がなかった――確認もしたくなかった。


 先輩がこちらに向かって走り出す。正直、時間を使って攻めてくるって考えてたけど、先輩はそんなことをせずに覆せない点差にして勝ち切るつもりだ。


 いや、仮にここで先輩を止められたとして、そのままわたしがスリーを決めたとしても、1点差で先輩は勝ってる。そこで時間を使われたら……。


 既に勝ち筋はないような気がした――いや、もっと前から詰まされていたんだ。

 いいや! わたしが諦めちゃいけない!!


 何回目だろう、先輩と1on1になる。とりあえず、ここを凌がなくてはたとえ奇跡が起きても勝てない!


 先輩のボールをつく速さが上がっているような気がする。何回も連続で揺さぶりを掛けてくる。取りに行きたいけど、そこで抜かれる。


「残り10秒」


 先輩はふと、つぶやいた。わたしは思わず、先輩の顔を見てしまう。先輩は不敵に笑っていた。


 この角度だと、先輩は振り返らなきゃタイマーは見えないはず……。


「――!?」


 一瞬だった。張り詰めた糸がぷつんと切れたみたいに。


 恐ろしく緩急の付いた速すぎるドライブ。わたしの目は反応したけど、身体が追いつかなかった。左足が滑って、身体全体が地面の方に吸い込まれていく感覚。かのニュートンが「地球がリンゴを引っ張る」って言ったのがよくわかった。


 先輩の背丈がどんどん高くなってく。


 そのままわたしはお尻に衝撃を受ける。先輩と目が合った。先輩はわざわざわたしが転んだのを見届けた。先輩のドライブは実質フェイントだった。


 先輩は後ろに一歩下がってからシュートを打った。

 先輩は本当にゆっくり、落ち着いてシュートを打った。


 

 「計算していた」って言われてもわたしは疑えない。なぜなら、ボールがネットに擦れるのと同時に、ブザーが鳴ったからだった。


 わたしたちは「準優勝」という形で、競技を終えた。

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