第49話 峰高祭 男子バスケ決勝戦

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「大熱戦だったな」


「ああ」


 香流は途中からずっと閉口したまま、試合に見入っていた。体育館もおよそそういった感じだった。


「それと……いつしかの対局を彷彿とさせる内容でもあったよな?」


 香流はこちらを睨むように見上げる。


「本来の実力を隠して、油断させたところ叩く……」


 それは……水早川先輩のことだろうか。僕にはあまりそうは見えなかったが……。

 ただ、なにか面倒くさそうな気がしたので、僕は退散することにする。


「っと。そろそろ下に行かないと」


「お、おい!」


 僕は逃げるように階下を目指した。



33.


 一階には人集りができていて、僕は立ち往生していた。別に集合時間までは余裕があるので、無理やり通してもらうほどのことでもない。だから人が捌けるまで待つことにした。


「お、結江」


 その矢先。人集りの中心にいた、僕と同じく体育着の水早川先輩が僕を認め、こちらに来る。それとともに、彼女のクラスメート思しき人々が彼女に追従した。


 結果、先輩と話している間、僕は不必要で不相応な視線を集めることになっていた。


「そういえばE組はお前のクラスでもあったな。この前は負かされたが、今回は勝たせてもらったよ」


「……キャットウォークの方で観てました。僕も敵ながら3−A組の動きには敬服しました」


 いま口にして思ったが、目上の人を褒めるときの言葉選びは難しい。


「ふっ、言い方が固いな。どうやらお前のクラスは男子も決勝戦に進出しているようだな。私たちのクラスも男子バスケの決勝に進められていれば復仇のチャンスがあったろうが、うちのクラスの男子は不甲斐なくてな」


「いや、男子サッカー優勝したと聞きましたよ」


 クラスの男子が実質準優勝だったとか言っていたのを思い出した。


「……ところでお前たちの相手は2−Fだったな。2−Fは優勝候補と聞いている。手強いと思うが応援しているぞ」


 先輩はそんな事を言って、体育館から去ろうとする。


「応援してくれるのですか?」


「ああ。2−Fが負けてくれたほうが私たちの優勝する確率が上がるからな」


「そうですか」


 先輩が自分とは関係のないクラスの肩を持つようなことはしないだろうと思っていたが、案の定だった。

 僕は先輩の率いた集団が体育館から出ていくのを見届けてから、最後の戦場に足を踏み入れた。


 体育館に入ると妙な熱が籠もっていた。E組は殆どみんなが残っていて――というのも男子バスケの応援があるからだろう――相手のF組はまだ数人しか来ていないようだ。


 E組は先とは違って、奥側がベンチだ(後半でコートチェンジしているから移動はしていない)僕は名ばかりのベンチ(床)に水筒を置く。

 傍では、


「美代、ほら、もう泣き止みな?」


 そんな声が聞こえてきて、小さな嗚咽も漏れ聞こえてきた。それを遠目に男子たちがバツが悪そうにしている――おそらく声をかけるべきなのか、それとも気づかないふりをして和気藹々としておくべきなのか迷っているのだろう。動きがギクシャクしている。


 はて、部活の引退試合とかなら、悔し泣きは往々にしてありそうだが、ただの学校行事でこう、強い感情を引き出せるのはどうしてなのだろうか。それは高校生だからなのか、それとも彼女の気質なのだろうか。


 どちらにせよ、僕には解らないことだ。だからそんな彼女に敬礼をしておいた。もちろん心のなかで。


 結局、雁坂さんは女子数人に連れられて体育館を出ていった。その際に、ボールを借りに行っていた麴森きくもりとすれ違い、彼は何か声を掛けていたが、周りの女子が追っ払うような挙動を見せていたので、おそらく余計なことを言ったのだろう。


 戻ってきた麴森が言う。


「ほら、お前ら! 敵討ちだ! 勝って錦を飾るぞ!」


 この男は利用できるものはなんでも使うタイプだ。


「ギャラリーもあんなにいる! 過去一の魅せ場だお前ら!」


 ギクシャクした空気から一転、昂揚した空気に変わる。良くも悪くも彼らはみな単純だった。


 そして、僕を含めてE組男子はアップに入った。


 決勝戦、僕は後半から出ることになっている。麴森は後半はみんな疲れが溜まっているだろうから、そこを僕のパスでフォローするためだということらしい。麴森は唯一、僕のパスだけは認めてくれていた。


――というより、他の人が全然パス回さないからっていうのほうが大きい気がするが。これは名前呼んでもらおうシステムの唯一の弊害だ。


 だが、代わりに各々が自主的にもシュート練をしたのだろう。「別に呼んでもらいたいわけじゃないけど……」とか言っている割には当初と較べて明らかにシュートの精度が上がっている。別にクラスで集まって練習するときも特別シュート練習はしていない。


 僕は反対側のベンチを見た。バスケ部は三人――前に見たときはバスケ部は二人だった気がしたが……。ああ、あのときは普通に体育着を着ていたのか。


 バスケ部は大体、上がクラスTシャツ、下がバスケウェア、靴はバッシュを履いていることが多い。麴森もそうしている。だから前はバスケ部だったと気が付かなかった。

 そして相手チームでも一際大きい界。チームメイトとと話しながら、ボールを指先の上で回転させている。


 昨日、界と勝負するとは言ったが、特に作戦は考えていない。もちろん、あいつと真正面から戦えば僕に勝ち目はゼロだ。何せすべての面で負けている自信がある。


 ただ、界が僕にずっと付いているならば、実質的に相手の戦力を削っていることになる。なら、ずっと浅いところにいればいいのでは? とも僕は考えていた。


 勝とうとすること。それが正しいことなのか、許されることなのか、未だに解らない。そもそも勝とうとすることが何なのかもよく解らない。かの悪魔は出しゃばれなんて言ってきそうものだが、それではダメだ。


 僕が界に真っ向から闘う必要がある。そうしないと答えが返ってこない。


……その結果が僕自身を襲い毀壊せんとも。



「「整列!!」」



 僕はその合図を聞いて、一旦、ごちゃついた脳内をリセットした。


「「行くぞ!!」」


 いよいよ決勝戦が始まった。

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