第35話
19.
峰高祭が始まってかれこれ一週間が経つ。後半競技も始まり、これからは試合の間隔が広がっていく。
僕といえば、やる気もないくせに、バスケも将棋も両方ベスト8。
「負けました」
そして、たった今、将棋に関してはベスト4に進んだ。大将だけ(とは言っても名ばかりだが)負けてベスト4というのもいかがなものかとは思うが、ベスト4に変わりなく――――。
「お前、次オレたちと当たるのか!?」
僕と香流に挟まれるように広がる黒のオセロ盤。
「ああ、お手柔らかに頼むぞ」
次の試合(対局)は来週だが、相手は優勝候補筆頭の2−Aだ。香流を含め全員が将棋部らしい。シードはないのに、いまだに全勝らしく、次回からは将棋が消えるのではとも言われている。
「お前、そんなに将棋強かったのか?」
そう言って、香流はまた一つ、オセロ盤を黒に染めていく。
「いや。僕は一回しか勝っていない。仲間が強いんだ」
僕は初戦の一勝のみ。二回戦以降は全敗で、逆に平田も波山さんも全勝ということになる。
「うーん……一枚残る……ああ、いや。ま、次で敗退することになるだろうがな!」
香流の石は既に33枚以上、返せない状態になってはいるのだが、たぶん盤面を真っ黒にしないと気がすまないのだろう。
「そんな事言ってると足元すくわれるかもしれないぞ?」
久しぶりにやってきた手番。しかし、置ける場所が限定されている。
「そんなことはないね! なんせオレたちは全員、将棋界の広さを知っているからな!」
香流の自信は揺らぐことはないだろう。そしてオセロ盤がとうとう真っ黒に染まった。
「あ、ハンデとしてオレの戦型を決めてもいいぞ? 本当は駒を落としてやりたいところだけどな! ハッハッハ!」
「ふむ……。そうだな、じゃあ振り飛車で頼む。振る場所はどこでもいい」
これは特に意味はなかった。強いて理由を上げるなら、僕が未だに対居飛車で勝てていないくらい。
「そうか。じゃあ、四間飛車にしようかな! 対局までにせいぜい対策を練ってくることだな! じゃな!」
予鈴が鳴って、真っ黒なオセロ盤を残して駆けて出ていった。
香流の目はキラキラしていたが、その期待に答えられるほど、僕は指せないし、対策を練る気もないんだが……。
来週は僕との対局が終わってすぐに決勝が行われる。もしかしたら、その期待は僕のあとにある界との対局へのものかもしれない。
「いや、そっちだな……」
だとしたら、四間飛車は単に不動の自信故のハンデでしかないのだろう。
「結江くん……」
「……はい?」
僕を呼ぶとは稀有な人だな……と思ったが、正体は波山さんだった。僕はオセロを片しながら、要件を聞く。
「さっきの子、ここ最近良く見るけど……」
「ああ、A組の、次の対戦相手の大将だな」
「ああ、やっぱり。……やっぱりA組って強いのかな?」
「おそらく。全員将棋部だから、申し訳ないけど、少なくとも僕は勝てるとは考えていないかな」
最後まで諦めないで頑張ろうとか、逆境を力に変えようとか、運動部とか熱意のある生徒ならそう言うかもしれないが、僕は現状を冷静に観察、分析して、「無理だろう」と答えた。
「そっか……。じゃあ、いまから猛練習とかしても……」
「無理だろうな。僕らの数日程度の練習が、彼ら彼女らの数年の研鑽を超えるとは到底思えない」
果たして数年なのかは解らないが、僕たちより経験値があるのは確かだ。成長率は個人差あれど、将棋部の人が著しく成長率が低いとは思えない。
香流と話して思ったが、僕は居飛車しか指せない(知らない)。だが、彼女は居飛車も振り飛車も指せるということを示唆していた。
だから採れる作戦から言っても土台から違うし、それに将棋には定跡以外に手筋というものがある。実戦で有効となるような手筋はよほどの天才とかでない限り、経験を積む以外に習得する方法がない。
一番価値の低い駒の歩兵でも、垂れ歩、たたきの歩、焦点の歩、合わせの歩……などなど列挙するだけでも大変な量がある。
将棋部はもちろん僕たちより多くの筋を知っているわけで、更にそれをいつ使うのが最適かも豊富な経験から判断できる。
だから、僕の「無理」という発言は決してネガティブすぎるものではなくて、至ってニュートラルな分析結果でしか無い。
逆にここで「やればできる」なんて言えば、それは将棋部のメンバーの実力を過小評価……軽んじすぎていると思う。
「香流もそうだが、他のメンバーも手練だと聞いている。しかし、もし練習がしたいなら、一応、チームメートであるから僕も付き合うけど」
訳:無意味だと思うから、練習はやめよう?
ただ、これでは些か後ろ向きか…………。
「それよりかは、まだ勝ちの見込みがある女子バスケとかの練習をしたほうが僕はいいと思うが……」
これはとても前向きな提案、代替案だ。ただ、無意味だからやめようではなく、その空いた時間を効果的に、意味のあることをしようと。
「うーん。確かに……。わたしは将棋も勝ちたいけど、二兎を追う者は一兎をも得ずって言うもんね。狙えるところを確実に狙うというのも一つの戦法だよね」
僕は黙って頷く。
「そうだね。そうするよ! ありがとう」
お礼されることをしたつもりはないが、解ってくれて何よりだ。そうしてすぐにでも始まる授業の方に顔を向けた―――――矢先。
「結江。将棋の練習がないなら、週末にバスケの練習来いよ?」
通りかかった麴森にそう、耳打ちされた。
しまった。盗み聞きされていたか――。
バスケか将棋かと言われれば、将棋のほうが動かないし体力的に楽だから……といってももはや後の祭りである。
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